【ヒギョウ様】12時に孵る“人の眼”の雛――言わし鶏の正体と弟の謎

赤い照明が灯る暗い孵化室。人の眼が浮かぶ不気味な卵と、朱色の手鏡、粘土の牛、造花が並ぶ。「ヒギョウ様」のアイキャッチ画像。 コピー ネット怪談・洒落怖

「お天道さんの一番高い刻と夜の一番深い刻に生まれた雛は、御役目を持っとるんじゃ」
「じゃけえ、殺さにゃあいけんのよ」

島根の養鶏場で、祖父は毎晩、生まれかけの卵を割っていました。

朱く塗りつぶされた手鏡。粘土の牛。造花。

あの夏の昼、”それ”を覗きこんでしまった弟は――。

ヒギョウ様(言わし鶏)とは?怪異ファイルで解説

赤い明かりが灯る夜の孵化室のイメージ

この章のポイント

✓ 2011年8月14日、2ちゃんねる「洒落怖」に13回に分けて投稿された、島根の養鶏場の怪談
✓ 正午ごろに孵る、眼だけが人の雛。作中では「言わし鶏」とも呼ばれる
✓ 実話の裏付けはなく、作者も分かっていない

ヒギョウ様(ヒギョウさま)とは、島根県の養鶏場を舞台にした怪談です。2011年8月14日、2ちゃんねるのオカルト板にあった怖い話のスレッド「洒落怖(しゃれこわ)」に投稿されました。洒落怖は、ヤマノケなど、今も語り継がれる怪談がいくつも生まれたスレッドです。

なぜ、祖父は生まれる前に殺さなければならなかったのか。昼の刻に孵るのは、眼だけが人の雛。夜の刻に孵るのは、それよりもっと恐ろしいもの。

まずは、記録で確かめられることだけを、一枚のファイルにまとめます。

怪異ファイルヒギョウ様
名称ヒギョウ様(原文の表記は「ヒギョウさま」)
別名言わし鶏。語り手の高校の同級生が口にした呼び名。「言わし雛」とも書かれるが、2011年の原文に出てくるのは「言わし鶏」だけ(詳しく)
初出2011年8月14日、オカルト板「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?276」の497〜527番。17時27分から19時52分まで、同じIDで13回に分けて書き込まれた(2011年の転載による。詳しく)
舞台島根県邑智郡。語り手の母方の実家の養鶏場(今は廃業)
怪異太陽が一番高い刻に孵る、眼だけが人の雛。震えず、鳴かず、首を振らずに歩く
掟太陽が一番高い刻と、夜の一番深い刻に孵りそうな卵は、生まれる前に殺す
弟の異変雛を覗いた弟は反応を失う。祖母に預けたあと話せるようになるが、家族は”何か”が違うと感じた
夜に孵るもの祖父いわく「もっともっと恐ろしいもん」。姿は一度も描かれない(詳しく)
作者・真偽作者は匿名。実話だと裏付ける記録は見つかっていない(詳しく)
怖さ★★★★☆(Dark Archiv評価)化け物より、帰ってきた家族のほうが怖くなる

「ひぎょう様」「ヒギョウ様」と書かれることもありますが、原文の表記は「ヒギョウさま」です。この記事では、見出しを「ヒギョウ様」、本文を原文どおり「ヒギョウさま」と書いています。

また、あらすじの見出しにある「497〜505番」などの数字は、その章で語る部分の書き込み番号(レス番号)です。

原文の全文は、2011年当時の転載で読むことができます。→ 2011年の転載を読む(怖い話まとめブログ) すでに話を知っている方は、元ネタの章から読むこともできます。

同じように原典からたどったネット怪談:地下のまる穴/禁后(パンドラ)

この話を読んだ人の多くが、同じところで引っかかります。

弟は、何になってしまったのか。
朱く塗られた鏡は、何をしたのか。
そして――「言わし鶏」とは、何だったのか。

答えを探す前に、まずは2011年の13の書き込みを、順にたどっていきましょう。

先に言っておこう。この話でいちばん引っかかるのは、雛ではない。
読み終えたあとの、語り手の一言だ。

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あらすじ① 深夜0時、祖父が割っていた卵(497〜505番)

深夜の養鶏場で、孵卵器に向かう祖父を描いたイメージ

この章のポイント

✓ 祖父は毎晩11時30分に家を出て、0時5分ごろに戻ってくる
✓ 孵化室で祖父は、卵から顔をそむけてゴミ箱に叩きつけていた
✓ 腕時計で0時を回ったのを確かめると、祖父は手を止めた

島根の養鶏場と、柱時計が12回鳴る夜

島根県邑智郡(おおちぐん)。「私」は毎年夏休みに、母と姉と弟と一緒に、母方の実家の養鶏場へ泊まりに行っていました。今はもう廃業した養鶏場です。

祖父母は朝4時に起き、一番鶏が鳴く前から働く人たちでした。子どもたちも夜8時には布団に入りますが、「私」はなかなか眠れません。

ある夜、祖父母が寝ている隣の六畳間から、誰かが出て、廊下を歩き、玄関を開ける音がしました。しばらくして柱時計が12回鳴り、その5分ほどあと、足音は部屋へ戻ってきました。

次の夜も、その次の夜も。11時30分に出ていき、0時5分ごろに戻ってくる。姉も弟も、その足音には気づいていませんでした。

5日目の夜、「私」はあとをつけました。母屋から50メートルほど離れた建物に、祖父が入っていきます。卵を温めて孵し、雛を育てる「孵化室」でした。

赤い光の中で、祖父は顔をそむけた

赤い照明の孵化室で卵を手にする様子のイメージ

孵化室は、雛を温める電球の赤い光だけで照らされていました。祖父は孵化器から卵を三つほど取り出すと、顔をそむけて、ブリキのゴミ箱に叩きつけました。

思わず声をあげると、祖父は倒れそうなほど驚き、孫だと分かってようやく力を抜きました。

子どもの声ひとつに、なぜそこまで怯えたのか。祖父はこの時刻、この部屋に、何が来ると思っていたのでしょう。

何をしているのかと聞くと、こう答えます。

「悪いんをとりょうるんよ」

ヒヨコに悪いものがいるのかと聞き返すと、「ほうよ、取らにゃあ大変なことになるんよ」。祖父はもうひとつ、ひびの入った卵を取り出しました。

もうじき孵りそうな卵を、「私」が覗きこもうとした瞬間でした。

「こりゃ見ちゃダメじゃ!目が潰れるで!」

祖父はあわてて卵をゴミ箱に叩きつけ、「私」の目から隠すように、すぐ蓋をしました。

白い紙が貼られたゴミ箱と「0時を回ったけえ」

蓋には、白い紙のようなものが貼られていました。それを見ていると、祖父は腕時計を確かめました。

「0時を回ったけえ、今日は終わりじゃ」

祖父について孵化室を出るとき、ドアの横に玩具のようなものが見えました。明るくなってから確かめようと思い、その夜は祖父の布団にもぐりこんで眠りました。

祖父が夜に家を空けるのは、0時をまたぐ35分ほどだけ。そして0時を回ると、手を止める。まるで、その刻さえ過ぎてしまえば、もう大丈夫だとでもいうように。

祖父が23時30分に出発し、0時をまたいで作業し、0時5分ごろに戻る流れをまとめた時刻図
図解:祖父の深夜の行動(物語の記述をもとに整理)

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あらすじ② 正午ごろに孵った、眼だけが人の雛(506〜509番)

人のような眼を持つ不思議な雛のイメージ

この章のポイント

✓ 祖父は昼も夜も、「12時の30分前」に姿を消していた
✓ 孵化室の入口にあったのは、鏡面を朱く塗られた手鏡、粘土の牛、造花
✓ 雛が西へ歩き去った場面で、書き込みは2時間近く途切れた

酔って眠った祖父と、昼の11時30分

翌日、弟と虫取りをして、早めの昼ごはんに戻ると、祖父がいました。いつもは昼の11時30分ごろになると姿を消す祖父が、その日は村の寄り合いで酔って帰り、食事の途中で眠ってしまったのです。

夜は11時30分に家を出て、昼も11時30分ごろに姿を消す。昼も夜も、12時の30分前。

「私」たちは祖父を起こさないよう静かに食事を済ませ、外へ出ました。そこで思い出したのが、昨夜、孵化室のドアの横に見えた玩具のようなもの。弟と二人で確かめに行くことにしました。

※二人が孵化室へ向かったのが正午ちょうどだったのかは、原文には書かれていません。手がかりは「早めの昼ごはん」のあと、ということだけです。

玩具に見えたもの――朱色の手鏡、粘土の牛、造花

朱色の手鏡、粘土の牛、造花を並べたイメージ

ドアの横にあったのは、鏡面を朱色に塗られた手鏡、粘土の小さな牛、プラスチックの造花でした。派手な色のせいで玩具に見えたのでしょうが、使い道は分かりません。

昨夜のゴミ箱もありました。明るいところで見ると、蓋には古そうな紙が何枚も貼られ、崩した字で何かが書かれていましたが、「私」には読めませんでした。

少し詳しく:読めなかった「崩した字」とは

筆で文字を続けて書く「くずし字」のことだと考えられます。明治時代ごろまでの手紙や古い記録では、ふつうに使われていた書き方です。

国立情報学研究所などで、くずし字をAIで読み取る研究をしている研究者によると、今これを読める人は人口の0.01%以下だといいます(PC Watch、2019年)。お札(ふだ)のようにも思えますが、紙に何が書かれていたのかは最後まで明かされません。

孵化器の中にいた”雛”

孵化器を覗きこんだ弟が、声をあげました。

「あっ!生まれとるで!・・・え、・・・何・・アレ・・・」

生まれたての雛を見ようと、「私」は孵化器の扉を開けました。そこにいた雛は、まったく震えず、鳴き声も立てませんでした。

「そして眼が、眼だけが、人のそれでした。」

ソレは、棚から土間へドサッと落ちました。「ドサッ」という音が、小さな雛の姿にそぐわず響きます。

そして首を振らずにスタスタと歩き、孵化室から西のほうへ去っていきました。

「私」はその異様さに動けず、姿が見えなくなって、ようやく金縛りが解けたように体を動かせました。そこで、そばにいた弟のほうを振り返ります。

補足:雛の歩き方と「人の眼」

原文では、雛が歩いたことに加えて、震えず、鳴かず、首も振らなかったことが記されています。そこへ「眼だけが人」という描写が重なります。

この不自然な取り合わせは考察の手がかりになります。ただし、人の眼だから首を振らなかった、と生物学的な仕組みまで説明できるわけではありません。ここでは、語り手が感じた異様さを表す描写として読んでおきます。

【幕間】書き込みは、ここで2時間止まった

2011年当時の転載では、雛が去る場面の投稿は17時47分。その続きは19時43分で、約1時間56分の間隔があります。これは物語内の経過時間ではなく、掲示板への投稿の間隔です。

2011年8月14日の転載に残る17時47分から19時43分まで、約1時間56分の投稿間隔を示す図
図解:509番と524番の投稿時刻(2011年の転載記録より)

スレッドで読んでいた人は、雛が西へ去った場面のまま、2時間近く待たされたことになります。「ヒギョウさま」という名前さえ、この時点ではまだ一度も出てきていません。

中断についての記録は、後半の「元ネタ」の章で確認します。物語は、弟の異変へと続きます。

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あらすじ③ 「ヒギョウさまと眼が合うたんか」――弟の異変(524〜525番)

朱色に塗られた手鏡と養鶏場の道具を描いたイメージ

この章のポイント

✓ 「見たんか」と問いながら、祖父は「私」の眼を見ていた
✓ 「ヒギョウさま」という名前は、祖母のこの言葉で初めて出てくる
✓ 戻ってきた弟は話せて、記憶もある。それでも何かが違った

「見てない」と言って、西を指差した

弟はよだれを流し、眼はどこも見ていません。何度呼んでも反応せず、「私」が大声で名前を叫ぶと、祖父母が息を切らして飛びこんできました。

「おいっ!!見たんか!!」

祖父の形相が恐ろしくて、「私」は「見てない」と答えました。けれど祖父は、「私」の眼を見ながら聞きます。

「見とるじゃろ。どっち行ったんなら?」

「私」が西を指差すと、祖父はドアの横の粘土の牛と造花を持ち、そちらへ走っていきました。

「ヒギョウさまと眼が合うたんか」――名前が初めて出た瞬間

弟を呼びつづけていた祖母が、悲しそうに言いました。

「ヒギョウさまと眼が合うたんか・・・」

物語の中で、その名前が初めて出てきます。「もう直らんの?」と尋ねる「私」に、祖母は答えました。

「いや・・・坊、そこの赤うに塗っとる鏡を取ってくれ。」

手鏡を渡すと、祖母は「見ちゃあいけん、母ちゃんのところへ行っとき」と「私」を外へ出しました。中で何をしたのか、鏡をどう使ったのかは、原文には描かれていません。

戻ってきた弟、泣いた母、頷くだけの祖母

「私」は母と姉のところへ行きましたが、何と話せばいいか分からず、母に抱きつきました。やがて祖母と弟が戻り、歩いてくる弟を見て、ほっとしました。

話せる。一緒に孵化室へ行ったことも、昨日や一昨日のことも覚えている。

それなのに、何かが違っていました。

母も何かを感じたのでしょう。実の母である祖母に「お母ちゃん、まさか・・・」と聞くと、祖母は悲しそうに頷くだけでした。

母は弟を抱きしめて泣き、薄気味悪そうに弟を見ていた姉も泣きだしました。弟だけが、きょとんとしていました。

そこへ、西へ走っていった祖父が帰ってきます。

家族だけが気づく”違い”ほど、切ないものはないな。

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あらすじ④ 祖父の告白と、20年後の「言わし鶏」(526〜527番)

日暮れの山あいの養鶏場と、屋根の上の鶏の影を描いたイメージ

この章のポイント

✓ 「間に合わなんだ」。祖父は喪服の用意を言いつけた
✓ 正午と深夜に生まれる雛は「御役目」を持つ。夜のものは、もっと恐ろしい
✓ 20年後、語り手は「以前の弟」を覚えていない

「ダメじゃ、間に合わなんだ」と喪服

「ダメじゃ、間に合わなんだ」

戻った祖父は悲しそうに首を振り、祖母に言いました。

「婆さん、誰かは分からんが、遅うても2、3日の内じゃろう。」

「喪服を出して風に当てといてくれ」

誰かの死を予告するような言葉でした。祖父は弟を抱きしめ、自分が寝ていたせいだと、涙を流して謝りました。弟は痛いよと言うばかりです。

声もしぐさも弟なのに、「私」は、やはり弟ではないと書いています。あの雛と同じ「ソレ」という言葉で。

「お天道さんの一番高い刻と夜の一番深い刻」

後になって、祖父は話してくれました。

「お天道さんの一番高い刻と夜の一番深い刻に生まれた雛は、御役目を持っとるんじゃ。」

「じゃけえ、殺さにゃあいけんのよ」

昼も夜も祖父が姿を消していたのは、この刻の雛を、生まれる前に殺すためだったのでしょう。「御役目」を持つのは、祖父ではなく、雛のほうです。

殺さなければならない雛の務めに、祖父は、敬う気持ちをあらわす「御」をつけました。祖母は、その雛を「さま」をつけて呼びました。まるで、恐れ、敬うべきものを相手にしているかのように。

「私」は聞きました。

「夜に生まれた雛も『ヒギョウさま』になるの?」

「誰に・・・ほうか、婆さんが言うたんか。」

祖父はまず、名前を誰から聞いたのかを気にしました。そのうえで、夜に生まれたものは違うと答えます。

「夜に生まれたんはもっともっと恐ろしいもんになるんじゃ。」

そう言って、薄気味わるそうに孵化室を見ました。夜のものの姿も、「御役目」の中身も、語られません。

「ああ、『言わし鶏』のことだな」

後に高校生になった「私」は、実家が養鶏場を営む同級生に、この話をしました。はじめは「ヒギョウさま」が何か分からなかった同級生も、出来事を聞くと答えました。

「ああ、『言わし鶏』のことだな。」

同級生によれば、養鶏場では自動化が進み、12時と24時に孵りそうな卵は、センサーとタイマーで自動的に取り除かれるのだといいます。

祖父は太陽や夜の「刻」を語り、同級生は時計の数字で説明していました。この機械が本当にあるのかは、後半の「実在する?」の章で確かめます。

「もう完全に家族なんです」

あれからも「私」は毎年島根へ帰り、弟は元気に、小学校で先生をしています。そして、最後にこう書いています。

「もう、以前の弟がどうだったか、覚えていません。」

「だからもういいのです。」

「アレから二十年も家族として暮らしてきたのですから、もう完全に家族なんです。」

読み返すと気づく4つの違和感

物語は、ここで終わります。

けれど最初から読み返すと、引っかかるところがいくつも出てきます。

  1. 祖父はなぜ、卵から顔をそむけて叩きつけたのか(あらすじ①)
  2. 祖父はなぜ、一度も「ヒギョウさま」と口にしないのか。名前を聞いた祖父は、まず「誰に」と問い返した(あらすじ④)
  3. 「私」はなぜ、戻ってきた弟を、雛と同じ「ソレ」と呼ぶのか。そして最後の一文で、あの日を「アレ」と書くのか(あらすじ②・④)
  4. 時刻も距離も覚えている「私」が、なぜ以前の弟のことを覚えていないのか(あらすじ①・④)

答えは、この記事の最後で、考察おおかみが出します。

そしてもう一つ。この結びには、転載によって違う”もう一文”があります。

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ヒギョウ様の元ネタは?2011年の初出と、転載で違う結末

暗い部屋で光る古いブラウン管モニターと、机の上に置かれた卵のイメージ

この章のポイント

✓ 当時の転載には、2011年8月14日の13の書き込みが残る
✓ 同じIDに「15回発言」の表示があるが、残る2回は未確認
✓ 調べた転載のうち、2011年9月5日のmixi版だけに結びの一文がある

転載によって違う、最後の一文

「中身がなんであれ。」

2011年9月5日、mixi「とにかく怖い話。」に転載されたヒギョウさまの結び。「中身がなんであれ。」で終わり、そのあと転載者が「コピぺ終」と書きこんでいる
mixi「とにかく怖い話。」の画面(2011年9月5日の転載)。本文の最後に「中身がなんであれ。」があり、その9分後、転載者が「コピぺ終」と書きこんでいる(ユーザー名はぼかしています)

2011年9月5日。SNS「mixi」のコミュニティ「とにかく怖い話。」に転載されたヒギョウさまは、「もう完全に家族なんです。」のあとに、この一文で終わっていました。

ところが、今回調べたほかの転載には、この一文がありません。

ヒギョウ様の結びの一文を、2011年8月18日から2021年までの転載で比べた図。2011年9月5日のmixiの転載にだけ「中身がなんであれ。」が続く
結びの一文は、転載によって違う。「中身がなんであれ。」があるのは、今回調べた中でmixiの転載だけ(各転載をもとに作成)
補足:四つの転載と結末の比較・出典リンク
転載先日付結び
どっかいこう(ブログ)2011年8月18日「もう完全に家族なんです。」(このあとに投稿者のお詫び)
怖い話まとめブログ2011年9月3日「もう完全に家族なんです。」
mixi「とにかく怖い話。」2011年9月5日「もう完全に家族なんです。」+「中身がなんであれ。」
怪談夜行列車(レス番号つき)2021年6月23日「もう完全に家族なんです。」

この一文を、誰がいつ書いたのかは分かっていません。

mixiの転載者は、本文のあとにコピーした文章だと断っています。ただ、この一文まで転載元にあったのかは確かめられません。

もとの投稿から抜け落ちた言葉なのか。転載の途中で加わった言葉なのか。2ちゃんねるのもとの記録(ログ)は今回確認できず、そのどちらとも決められません。

たとえ後から足された言葉でも、8月の転載が口にしなかった疑いを、この一文は言い表しているように響きます。

2011年8月14日17時27分、洒落怖276の13の書き込み

この結末に至るまでの書き込みを、残る転載からたどってみます。

今回見つかった最も早い転載は、投稿の4日後にあたる2011年8月18日のブログ「どっかいこう」です。9月3日の「怖い話まとめブログ」にも、書き込みの番号・時刻・IDが残っています。

2つの転載によると、この話が書き込まれたのは、2011年8月14日。場所は、オカルト板のスレッド「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?276」です。17時27分から19時52分までのあいだに、13回に分けて書き込まれたとされています。

13の書き込みは、いずれもID「zBvOhT5L0」。同じ投稿者による、ひと続きの文章とみられます。

その9回目、17時47分の書き込みを最後に、物語は止まります。次は19時43分。あらすじ②の幕間で見た、1時間56分の空白です。

2011年8月14日、ヒギョウ様の13の書き込みの時刻。9回目の17時47分から10回目の19時43分まで、約1時間56分止まっている
2011年8月14日の13の書き込み。9回目のあと、物語は2時間近く止まった(2011年の転載をもとに作成)

8月18日の転載では、13回目の書き込みの最後、物語を書き終えたあとに、投稿者のこんな一言が残っています(9月3日の転載にはありません)。

「さるさん規制で投稿遅くなりました、スイマセン。」

「さるさん」は、短時間の連続投稿を制限する仕組みです。投稿者は遅れを規制のためと説明していますが、空白のすべてがその影響だったかは分かりません。

物語の外にも、書き込みがあったようです。

13の書き込みすべてに、「[15回発言]」。

2011年8月18日の転載に残る497番の見出し行。名前欄の1/13、時刻の17時27分、15回発言の表示が赤枠で囲まれている
497番(1回目)の見出し行。名前欄に「1/13」、時刻は17時27分、IDの横に「15回発言」(どっかいこう、2011年8月18日の転載)

同じIDの書き込みは15回あったとみられるのに、物語として残っているのは13回。残りの2回には、何が書かれていたのでしょう。

中断のあいだの説明か、書き終えたあとの返事か。転載だけでは、その中身まではたどれません。

少し詳しく:13回の書き込みと投稿時刻

名前欄には「1/13」から「13/13」までの通し番号があり、最初の9回はおおむね2〜3分おきです。書き上げた文章を順に貼った可能性はありますが、執筆の経緯までは確かめられません。

IDは投稿者を見分けるための記号です。同じIDに付いた「15回発言」は、このスレッドでの書き込み回数を示す表示とみられます。ただし、転載にない2回の内容は未確認です。

回番号時刻場面
149717:27島根の養鶏場へ(あらすじ①)
249817:29深夜の足音と柱時計
349917:33祖父のあとをつける
450117:36顔をそむけて卵を割る祖父
550317:38「見ちゃダメじゃ」
650517:41白い紙と0時
750617:43酔って眠った祖父(あらすじ②)
850817:45朱色の鏡・牛・造花
950917:47孵化器の中の雛
―――約1時間56分の空白
1052419:43弟の異変(あらすじ③)
1152519:46朱色の手鏡と、戻ってきた弟
1252619:49祖父の告白(あらすじ④)
1352719:52言わし鶏と、20年後

※時刻は2011年当時の転載に残る記録です。元の2ちゃんねるのログそのものは確認できていません。

※番号が飛んでいるのは、あいだにほかの人の書き込みが入っているためです。

8年近く前の養鶏場怪談『神様の卵』

ヒギョウさまより8年近く前にも、よく似た舞台の怪談がありました。

2003年12月24日、同じ「洒落怖」の61番目のスレッドに書き込まれた『神様の卵』です。

怖い話まとめブログに転載された『神様の卵』。スレッド名「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?61」と、39番の書き込み日時03/12/24 01:43
『神様の卵』の39番。2003年12月24日1時43分、洒落怖61に書き込まれた(怖い話まとめブログの転載)

こちらも、夏休みに母方の祖父の養鶏場を訪れた子どもの話です。

語り手が持っていた卵を、祖父は神様だから渡しなさいと言いました。差し出そうとしたとき、中で何かが「ギョロ」と動きます。

驚いて落とした卵からのぞいたのは、真っ黒い毛のようなもの。

祖父は、すぐにそれを踏みつけました。

祖父によれば、この土地の社を裏山へ移してから、ごくまれに無精卵へ奇妙なものがまじるようになったのだといいます。

神様なのに、殺す。

敬うように呼びながら、殺す。その矛盾が、どちらの話の芯にもあります。

『神様の卵』は、ヒギョウさまの投稿より前、2010年12月には怖い話まとめブログへ転載されていました。両話を結びつける読者の声もあります。

ただし、作者が同じなのか、影響を受けたのかは未確認です。似た話が先にあったことと、元ネタだと分かることは別です。

“神”と呼んで殺す話は、8年近くを隔てて、同じ「洒落怖」にもう一度現れた。それだけは確かだ。

2003年の『神様の卵』と2011年の『ヒギョウさま』を比べた図。どちらも母方の祖父の養鶏場が舞台で、卵の中の何かを祖父が殺す
『神様の卵』とヒギョウさまの似ているところ・違うところ(両作の転載をもとに作成)
補足:『神様の卵』とヒギョウさまの共通点・相違点
神様の卵(2003年)ヒギョウさま(2011年)
投稿2003年12月24日、洒落怖61の39・41番2011年8月14日、洒落怖276の497〜527番
舞台母方の祖父の養鶏場(祖父の死後、人手に渡った)島根県邑智郡、母方の実家の養鶏場(今は廃業)
季節夏休み夏休み
怪しいもの無精卵にまじる”奇妙なもの”正午と深夜に孵る雛
呼び方祖父が「神様」と呼ぶ祖母が「ヒギョウさま」と呼ぶ。雛は「御役目」を持つ
祖父のしたこと割れた卵を踏みつける卵を叩きつけて捨てる
理由社を裏山へ移してから語られない
語り手の記憶出来事の前後がはっきりしない以前の弟を覚えていない
結末祖父の葬式で、鋭い笛の音が響く20年後、「もう完全に家族なんです」

では、舞台の島根に、ヒギョウさまや言わし鶏の記録は本当にないのでしょうか。

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ヒギョウ様・言わし鶏は実在する?島根の記録と養鶏の現場

島根の山あいにある古い集落のイメージ

この章のポイント

✓ 「言わし鶏」の2011年以前の記録は見つからない。1954年の方言辞典には、カモメを指す「いわしどり」が載る
✓ 同じ邑智郡では1931年、昔話「化物問答」の型で”鶏の化け物”が記録されている
✓ 正午と深夜の卵だけを殺す慣行や機械は、確認できない

「言わし鶏」は実在する言葉?――1954年の方言辞典に「いわしどり」

言わし鶏。語り手の高校の同級生は、ヒギョウさまのことをそう呼びました。

この呼び名が2011年の投稿より前に使われた記録は、島根の郷土資料にも、養鶏の用語にも、今回調べた範囲では見つかっていません。

ただし、同じ音の言葉なら、古い辞書に載っていました。

1954年に出た、東条操編『分類方言辞典』。その40ページ、「かもめ(鷗)」の項目に、カモメの呼び名のひとつとして「いわしどり」が載っています。

そこに載っているのは、海の鳥、カモメの呼び名です。どの地方の呼称かは今回特定できず、怪談の「言わし鶏」との関係も分かりません。

この同音語とは別に、作中の漢字「言わし鶏」から読めることもあります。「言わす」には、次のような語義があります(精選版 日本国語大辞典)。

  • 言い負かす
  • 口に出すよう仕向ける(しゃべらせる)
  • 音を立てさせる

2011年9月の読者コメントには、「やっつける」「壊す」といった意味ではないか、という声もありました。

どの意味を意図した名なのかは、作者の説明がなく、決められません。

少し詳しく:「ヒギョウ」の意味は?読者が出した説

「ヒギョウ」という名前についても、2011年から読者がさまざまな説を出しています。

  • 非業(ひごう)、あるいは非形(異様な形のもの)ではないか(2011年9月6日)
  • 「飛行(ひぎょう)」と音が同じ(2011年9月5日、mixi)
  • 中国の古い地理書『山海経(せんがいきょう)』の怪鳥「顒(ぎょう)」の仲間ではないか(2011年9月26日)
  • 昼に生まれる「昼行(ひぎょう)さん」と、夜に生まれる「夜行(やぎょう)さん」ではないか(2015年)

『山海経』の「顒」は、フクロウのような姿に人の顔と四つの目をもつ鳥です。鳴き声は自分の名前を呼んでいるようで、現れると天下が大ひでりになるとされています。

どの説にも、作者がそう考えて名づけたという証拠はありません。

1931年、邑智郡の”鶏の化け物”と昔話「化物問答」

古い資料と文献のイメージ。AIによる創作画像であり、1931年の雑誌原本ではない
AI生成イメージ(1931年の資料原本の写真ではありません)

ヒギョウさまの舞台、島根県邑智郡。

その同じ土地の昔話が、1931年(昭和6年)の民俗雑誌『旅と伝説』に載っています。久長興仁が、父から聞いた話として書いた「寝物語に聞いた話」です。

化け物が出るという荒れた山寺に、六部(ろくぶ。全国の霊場をめぐる巡礼者)が泊まった夜のこと。

仏前で経を読んでいると、天井が破れるような大きな音がして、大きな僧が降りてきました。

その僧は、自分を「西竹林の鶏三足」だと名乗ったといいます。西の竹林の、三本足の鶏――と読める名前です。

続いて、南の池の鯉、北の山の白狐だというものも現れ、「ティティコブシはいるか」とたずねてきました。ティティコブシとは、椿の花の化け物だそうです。

化け物たちは六部に脅されて立ち去り、のちに退治されたと伝わります。

この話は、日本各地に伝わる「化物問答(ばけものもんどう)」という昔話の型と重なります。

『日本大百科全書』によると、化物問答は、化け物と問答をして言い負かすことを主題にした話です。化け物の正体を見抜くことが、退治する条件になります。そして「西竹林の三足鶏」は、そこで化け物が名乗る決まり文句のひとつとして挙げられています。

同じ型の話は、1972年に島根県の奥出雲町で、1988年に鳥取県の三朝町でも採録されています。どちらにも、西の竹林(竹山)の鶏が出てきます。

十二支では、鶏(酉)の方角は西にあたります。

そしてヒギョウさまの雛が歩いていったのも、西でした。

もちろん、1931年の記録にヒギョウさまは出てきません。ヒギョウさまの元ネタだという証拠もありません。言えるのは、同じ邑智郡に、人の姿で現れる鶏の化け物の昔話が残っていた、というところまでです。

化け物を「言い負かす」昔話と、呼び名の「言わし鶏」。言葉の重なりは気になりますが、由来を結びつける証拠にはなりません。

1931年の邑智郡の昔話に出る「西竹林の鶏三足」などの化け物と、昔話の型「化物問答」をまとめた図
1931年の邑智郡の昔話と、昔話の型「化物問答」(日文研データベースの要約・日本大百科全書などをもとに作成)
少し詳しく:1931年の記録の確かめ方

国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」には、この話の要約と雑誌の書誌が登録されています。書誌は『旅と伝説』4巻7号(1931年6月1日発行)の50〜51ページです。今回確認したのはこのデータベースの要約で、雑誌の紙面そのものは確認できていません。

養鶏の現場に、ヒギョウ様はいたのか

本物の養鶏場で、ヒギョウさまは語られていたのでしょうか。

この慣行は実在するのか。投稿翌月の2011年9月には、すでにYahoo!知恵袋に同じ疑問が寄せられていました。

子どものころから家の養鶏をかなり手伝ってきたというブログの筆者は、そんな言葉も作業も聞いたことがないと書いています。父親に聞いても、そんな話はないと言われたそうです(2013年)。

2022年の知恵袋でも、養鶏をしていると名乗る人が、こう答えています。

「養鶏やってますが初めて聞きました」

これらはネット上の自己申告ですが、今回見つかった経験者の声からは、作中の慣行を裏づけられませんでした。

では、同級生が話していた「センサーとタイマー」はどうでしょう。

育たない卵を光に透かして見分け、取り除く作業は、実際に行われています。「検卵(けんらん)」と呼ばれる作業で、今では機械で調べる装置もあります。

祖父の「悪いんをとりょうるんよ」は、一見すると、この作業にも聞こえます。

けれど、検卵と、決まった時刻に孵る雛を避けることは別です。12時と24時に孵りそうな卵だけを選んで取り除く機械や慣行は、今回の資料では確認できませんでした。

見つからないだけで不存在とは言い切れませんが、同級生の話を、現実の設備の説明として扱うことはできません。

本物の孵化場で実際にある検卵や研究と、12時と24時に孵りそうな卵だけを選んで除く仕組みが資料に見つからないことを比べた図
孵る様子を見る・記録する技術はある。正午と深夜に孵る卵だけを選んで除く仕組みは、今回の資料では未確認(農林水産省・2011年と2013年の研究をもとに作成)
少し詳しく:本物の孵化場では、鶏はどう生まれる?

・鶏の卵は37〜38度ほどで温められ、およそ21日で孵ります(農林水産省など)。

・温めている途中で卵に光を当てて中を透かし、育たない卵(無精卵や、途中で育つのが止まった卵)を取り除きます。これが「検卵」です。

・同じときに温めはじめても、雛は一斉には孵らず、時間差をつけて順に孵ります。

2011年2月には、孵卵器の中の音を分析して、雛たちが殻を破りはじめる手前の段階に入ったかを見分ける研究も発表されていました。2013年には、卵の殻の温度から、一つひとつの卵が孵った時刻を記録する研究も出ています。

これらは孵化の進行や時刻を調べる研究です。語り手の高校時代は2011年より前であり、そのころ既に作中のような装置があったことを示すものでもありません。

ネットで広まった3つの設定は、原文にある?

ヒギョウさまを動画や解説で知った人の中には、原文にない話を「設定」として覚えている人もいるかもしれません。

2022年1月に公開された、ある解説動画の台本には、2011年の原文にない説明が3つ出てきます。

説明2011年の原文後年の説明
言わし雛出てくるのは「言わし鶏」だけ2022年の解説動画で、別名として紹介
2〜3人祖父が言ったのは「2、3日の内」という期限2013年の知恵袋では、2〜3日のうちに誰かが亡くなる、と説明。2022年の解説動画では、成長したヒギョウさまが二人か三人の命を奪う、と説明
鏡で元に戻る祖母が鏡を受け取るが、使い方は描かれない2022年の解説動画で、元には戻るが以前とは違う人間になる、と説明

とくに「2〜3日」と「2〜3人」は意味が違います。原文と2013年の説明は日数、2022年の台本は人数を述べています。ただし、この間に直接の伝言関係があったのか、人数の説明がいつ生まれたのかは未確認です。

2011年の原文にある2、3日の内と2022年の解説にある2〜3人を、因果関係を断定せず比較した図
図解:原文と後年の解説にある表現の違い(変化の経緯は未確認)

判定:ヒギョウ様は実話か

ここまでに見つかった記録を、年表にするとこうなります。

ヒギョウ様をめぐる記録の年表。1931年の邑智郡の昔話、1954年の方言辞典、2003年の神様の卵、2011年の原典、2011年9月の異文、2022年の解説動画
ヒギョウ様をめぐる記録の流れ。2011年より前に「ヒギョウさま」「言わし鶏」の記録は見つかっていない

確かめられたこと:2011年8月14日に、同じIDで13回に分けて投稿された記録が、当時の転載に残っている

確かめられないこと:投稿者の体験が本当にあったこと。2011年より前に「ヒギョウさま」「言わし鶏」が使われた記録。正午と深夜の雛を殺す慣行や機械

似ているもの:2003年の『神様の卵』。1931年の邑智郡の化物問答。1954年の方言辞典の「いわしどり」(カモメ)

今回の調査では、実話だと裏づける記録は見つかりませんでした。似た伝承や言葉はあっても、あの養鶏場で起きた出来事までは確かめられません。

外の記録からは届かなかった場所へ、原文の描写から近づいてみます。弟に何が起き、祖父母は何を知っていたのでしょうか。

ほかのネット怪談でも、「実話か」を初出の記録から追っています:時空のおっさん/リンフォン

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原文に残る謎|弟・朱色の鏡・喪服・夜に生まれるもの

闇の中に浮かぶ、鏡の面を朱色に塗りつぶされた手鏡のイメージ

この章のポイント

✓ 祖父母の道具は、場面ごとに使い分けられていた(紙/牛と造花/鏡)
✓ 喪服の予告が当たったのかは、最後まで書かれない
✓ 夜に孵るものの姿も、「御役目」の中身も語られない

弟は何になったのか――2011年の読者の答え

戻ってきた弟には、孵化室へ行った記憶がありました。それでも母も姉も「私」も、何かが違うと感じています。記憶も声もしぐさも弟なのに、なぜ弟ではないと思ったのでしょう。

投稿翌月の怖い話まとめブログのコメント欄にも、異なる読み方が並んでいます。

入れ替わった。弟とヒギョウさまの魂が交換された、という読み(2011年9月6日)。

一部を持っていかれた。魂のすべてではなく、一部が失われたのではないか、という読み(同月26日)。

体験によって変わった。恐ろしい出来事のあとで、弟の様子が変わったのではないか、という読みもあります(同月26日)。

翌2012年には、逆の見方も出ました。弟は変わっておらず、家族が「弟ではない何か」だと思い込んだのではないか。

体験による変化や家族の思い込みなら、怪異を想定せずにも読めます。けれど原文は、家族が感じた違いの中身を明かしません。どの読み方にも、確かめるための一片が足りないのです。

紙、牛と造花、朱色の手鏡――祖父母は何を防いだのか

弟の正体を考えるうえで、祖父母が手にした道具も気になります。紙、牛、造花、鏡。それぞれが現れる場面を並べると、次のようになります。

場面誰が道具したこと
深夜0時前、卵を割るとき祖父読めない字の紙を貼ったゴミ箱卵から顔をそむけて叩きつけ、すぐに蓋をする
雛が逃げたあと祖父粘土の牛と造花持って西へ追いかける。戻ると「間に合わなんだ」
弟の異変のあと祖母鏡面を朱く塗った手鏡「私」を外へ出す。弟に何をしたのかは見せない

ゴミ箱に貼った紙の意味も、牛と造花の働きも、鏡の使い方も明かされません。

祖父母が何かに対処していることだけは見える。けれど、何をどう防いだのかは、「私」にも読者にも見せられないのです。

少し詳しく:土の牛・造花・鏡は、魔除けの道具?

原文は道具の意味を説明しません。ただ、似た物を魔除けに使った例はあります。

・土の牛:14世紀の軍記物『太平記』には、宮中の年中行事として「大寒の日、土牛の童子を立」てたことが記されています。明治時代に編纂が始まった百科事典『古事類苑』は、この土牛童子を、鬼を追い払う行事「追儺(ついな)」の項目で取りあげています。

・造花:東京都足立区に伝わる「花畑祈祷獅子舞」では藤の花の造花が授けられ、玄関に挿しておくと魔除けになるといわれています(足立区立郷土博物館)。なお、前の章で見た1931年の邑智郡の昔話には、椿の花の化け物が出てきました。造花との関係は分かりません。

・朱色の手鏡:鏡の使い方については、読者の説が分かれています。

  • 2011年9月(mixi):弟から抜けた魂のかわりに、祖母が鏡で別の魂を入れたのではないか。
  • 2012年(怖い話まとめブログ):見ただけで相手に害を与える視線「邪眼」に、鏡で対抗したのではないか。
  • 2017年(ブログ「異界倶楽部」):邪視を、鏡ではね返したのではないか。
  • 2022年(ある解説動画):鏡で元には戻るが、以前とは違う人間になる。

ただし、鏡面は朱色に塗られています。鏡だから反射させたのだと決めるには、この描写が引っかかります。実際の使い方が見えない以上、どれも推測です。

ヨーロッパにも、雄鶏の産んだ卵から生まれ、ひとにらみで命を奪うという怪物「コカトリス」の言い伝えがあります。2012年の読者も、ヒギョウさまとの似かたを指摘しています。

これらは道具を考えるための比較例や読者の解釈で、島根の怪談との直接のつながりを示すものではありません。

喪服と「2、3日の内」――誰が死ぬのか

「婆さん、誰かは分からんが、遅うても2、3日の内じゃろう。」

祖父はそう言って、喪服を出しておくよう祖母に頼みました。

誰が死ぬのか。祖父自身にも、それは分かっていません。

2011年9月のmixiの読者も、この予告に注目しました。作中では死者が報告されないまま、喪服の支度だけが言いつけられます。そこから、大きく二つの解釈が生まれました。

読み方1:西へ逃げた雛が、誰かに不幸をもたらす(2011年9月5日)

祖父は牛と造花を持って雛を追い、「間に合わなんだ」と戻ってきて、喪服を言いつけました。追いつけなかった雛が、西のどこかで誰かと眼を合わせる――。のちの読者からも、似た読み方が何度も出ています。

読み方2:弟の”中身”の、もとの持ち主が死ぬ(2011年9月6日)

弟から魂が抜け、祖母が鏡で別の魂を入れた。その魂のもとの持ち主が、2〜3日のうちに死ぬ――。鏡と、弟の違和感と、喪服を一本につなぐ読み方です。

2011年9月6日のmixiのコメント。鏡で別の誰かの魂を入れ、その持ち主が2〜3日後に亡くなるという読み方
mixiのコメント[29](2011年9月6日 0時48分)。鏡で別の誰かの魂を入れ、その持ち主が2〜3日後に亡くなる、という読み方(ユーザー名はぼかしています)

どちらも、原文では確かめられません。

二十年後に語られた話なのに、その喪服を本当に着たのかさえ書かれない。死の予告だけが、あの夏に置き去りになっています。

夜に生まれるもの、「御役目」、そして12時

「夜に生まれたんはもっともっと恐ろしいもんになるんじゃ。」

夜に孵るものがどんな姿なのか、何をするのか、祖父は語りません。原文の中で、それが姿を見せることも一度もありません。

ただ、深夜の孵化室で、祖父がはっきり口にした危険がひとつだけあります。

見たら、目が潰れる。

蓋の下に何があったのかは、最後まで分かりません。孫の声に倒れそうなほど驚いた祖父は、何を見られると思ったのでしょう。

昼と夜の雛が持つ「御役目」も、内容は明かされません。誰に、何をするための役目なのか。転載当日のmixiにも、この問いが残っています。

その御役目を持つ雛は、いつ孵るのでしょう。祖父と同級生の説明には、時刻の捉え方にも違いがあります。

祖父は太陽で、同級生は時計の数字で、危ない刻を言いました。ところが祖父自身も、深夜には腕時計を見て「0時を回ったけえ」と手を止めています。

太陽が一番高くなる刻と、時計の12時は一致しません。「刻」が厳密な瞬間なのか、その前後を含むのかも、作中でははっきりしないのです。

祖父が家を空けた23時30分から0時5分ごろまでの35分と、島根県邑智郡で夜が一番深くなる0時10分から17分ごろを並べた図
時計と太陽の時刻を比較した図(夏の邑智郡を想定した概算)。作中の「刻」の幅や意味は未確定
少し詳しく:「一番高い刻」は、時計の12時ちょうど?

昔は十二支で時刻を表しました。夜0時をはさむ23時〜1時が「子(ね)の刻」、昼12時をはさむ11時〜13時が「午(うま)の刻」です。「正午」は、午の刻のちょうど真ん中という意味です。

ただ、太陽が一番高くなる時刻は、時計の12時とぴったり同じではありません。日本の時計は東経135度(兵庫県明石市)を基準にしているので、それより西にある島根では、太陽が一番高くなるのが少し遅れます。季節によってもずれます。

島根県邑智郡のあたりでは、夏休みのころ(7〜8月)の南中時刻はおよそ12時10〜17分という概算になります。夜の「一番深い刻」を太陽が最も低くなる時刻と読むなら、こちらも0時より後です。ただし、場所と日付によって変わり、作中の「刻」が天文学的な瞬間を指すとも限りません。

2020年には、怖い話まとめブログのコメント欄でも、読者がこのずれを計算しています。

読者の中には、十二支に注目した人もいます。夜の子、昼の午。鶏を表す「酉(とり)」の方角は西。そして丑(うし)。雛は西へ歩き、祖父は牛を持って追いました。偶然か、こじつけか――。

弟の正体も、道具の働きも、祖父が口にした予告の先も、原文は答えません。

ただ、一つ気になることがあります。あの夏、家族は弟に”何か”の違いを感じていました。けれど二十年後、時刻や距離まで細かく書いた「私」は、以前の弟がどうだったか「覚えていません」と書いています。これを、どう読めばよいのでしょうか。

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考察おおかみ|ヒギョウ様の正体――「以前の弟」を覚えているのは誰か

赤い電球の下、白い紙が何枚も貼られたゴミ箱の蓋を前に考えこむ考察おおかみ

この章のポイント

✓ 「見るな」という戒めと、名前を避けるような祖父の言葉に注目する
✓ 弟の異変だけでなく、語り手の記憶からも、この怪談を読み直す
✓ 以下は原文の描写を軸にした考察であり、正体を確定するものではない

ここからは、私、考察おおかみの考えだ。

あらすじに残った四つの違和感のうち、まず祖父の振る舞いを見たい。顔をそむけること。名前を口にしないこと。この二つには、何かに近づきすぎないための慎重さを感じる。

「見ない」――顔をそむけた祖父と、朱色の鏡

祖父は、卵から顔をそむけて叩きつけた。孵りかけの卵を覗こうとする孫を「目が潰れるで!」と止め、蓋をした。弟に異変が起きたあとも、祖父母がまず気にしたのは、見たのか、眼が合ったのか、ということだった。

危険なのは、触れることより先に、見ることなのかもしれない。そう考えると、卵を割る祖父の横顔が違って見えてくる。残酷な仕事から目をそらしたのではなく、殻の中のものに見返されないようにしていたのではないか。

祖母も、手鏡を受け取ると「私」を外へ出した。「見ちゃあいけん」と。

ただし、鏡の使い方は見せられない。朱く塗られた面が何を防ぎ、何に働いたのかも分からない。私にはあの鏡が、ものを映すための道具でありながら、眼を閉じられているように見える。

「見るな」という戒めのそばに置かれた、眼を閉じた鏡。その取り合わせが、どうにも気にかかる。

「言わない」――祖父が口にしなかった名前

視線だけではない。祖父は、言葉も慎重に選んでいるように見える。

卵を割る理由は「悪いんをとりょうるんよ」。正体を説明するときも、「お天道さんの一番高い刻と夜の一番深い刻に生まれた雛」。祖父は一度も「ヒギョウさま」と呼ばない。

名前を漏らしたのは祖母だった。それを孫が口にすると、祖父は「誰に」と問い返す。何を見たかだけでなく、誰から名を聞いたかも確かめている。

名前を口にしないことも、この家の守りだったのだろうか。そう読む余地はある。ただ、作中で名前を言うことが禁じられたり、呼んだ人に災いが起きたりする場面はない。祖父は、子どもに詳しく教えたくなかっただけかもしれない。

それでも、知っているはずの大人が遠回しにしか語らないとき、聞く側には、その名を避けるだけの理由があるように思えてくる。

祖父母の描写を、見ることと言葉の二つから整理した考察図。名前を言わないことが禁忌だったかは未確認
「見ない」と「言わない」を守りとして読む仮説。名前の禁忌や鏡の働きは、原文では確定しない

母の「お母ちゃん、まさか・・・」も、祖母の頷きも、家族のあいだでは通じている。読者にだけ、続きが渡されない。弟に何をしたのか。戻ってきたのは誰なのか。その答えを知っていそうな人たちは、黙ったままだ。

補足:「言わし鶏」と化物問答を重ねて読むなら

邑智郡に残る「化物問答」では、化け物の正体を見抜き、言い負かすことが退治につながる。「言わす」にも「言い負かす」という語義があり、西の鶏という重なりもあった。

ここから、正体をつかませない鶏を連想することはできる。ただし、「言い負かす」と「正体を言い当てさせない」は同じ意味ではない。この連想が、呼び名の由来や怪異の能力を証明するわけではない。

また、名を避ける祖父と、正体を言い当てて勝つ昔話は、別の読み方だ。両者をつないで「黙ったせいで家族が負けた」とまで言う根拠は、原文にはない。

比較して見えてくるのは、結末の違いだ。化物問答では正体が明かされる。ヒギョウさまでは、誰も「ソレ」が何なのかを言い切れないまま、二十年が過ぎている。

弟だけではない――あの眼を見た「私」の記憶

大人たちが語らない一方で、「私」はあの夏を詳しく書き残した。その文章にも、一か所、埋まらない穴がある。

まず思い出したい。「私」も、雛の眼を見ている。「眼が、眼だけが、人のそれでした」と書けるほどに。そして、その姿が消えるまで動けなかった。

眼を見たことと、眼が合ったことは同じではない。だから、弟と同じことが起きたとは言えない。それでも祖父は「私」の眼を見て、「見とるじゃろ」と言った。

そのあと、祖父は雛を追い、祖母は鏡を受け取って「私」を外へ出す。原文には、「私」の眼をもう一度確かめる場面はない。弟の異変に気を取られて読むと、こちらの子どもも雛を見ていたことを、見落としてしまいそうになる。

二十年後の語りには、細かな数字が残っている。祖父の出発は11時30分、帰りは0時5分ごろ。孵化室までは50メートルほど。柱時計は12回鳴り、卵は三つほど割られた。

それなのに、最後にはこう書く。

「もう、以前の弟がどうだったか、覚えていません。」

あの夏の細部は語れるのに、家族が一緒に感じた「違い」は、もう確かめられない。

二十年という時間のせいかもしれない。幼い弟の姿が、成長した今の弟に重なり、薄れただけとも読める。だが怪談として読むと、別の疑いが残る。変わったのは弟だけだったのか。「私」の記憶にも、何かが起きていたのではないか。

その疑いを濃くするのが、「ソレ」と「アレ」だ。

「私」は、雛も、戻ってきた弟も「ソレ」と書いた。最後の書き込みでは、毎年島根へ帰ることを「あれからも」と書き、そのすぐあとに「アレから二十年も家族として」と続ける。弟が孵化器を覗いたときに口にしたのも、「アレ」だった。

単なる表記の揺れかもしれない。それでも私には、「あの日から」だけでなく、「アレが家族になってから」とも響く。

もし雛の眼が、弟の中身だけでなく、それを見分ける側の記憶にも触れていたとしたら。弟を取り戻せたのではなく、違いに気づけなくなっただけだとしたら。

眼と記憶のつながりについての考察おおかみ独自仮説を表す図
考察図:眼と記憶をめぐる「考察おおかみ」の仮説(事実として確定した説明ではありません)

これは、記憶を奪う力があると確かめた話ではない。失われた過程も、原因も書かれていない。ただ、結末に残った「覚えていない」という一言が、私には、弟の異変と同じくらい恐ろしい。

二十年後、家族の中に残ったもの

私がこの話でいちばん怖いと感じるのは、別の何かが弟になった可能性だけではない。それを疑うための手がかりが、語り手の中から薄れていることだ。

母や姉が、今も違和感を抱いているのかは書かれていない。弟は元気に暮らし、小学校の先生をしている。「私」も毎年、島根へ帰っている。

暮らしは続いている。あのとき何かが違うと感じた家族の中で、弟は二十年を過ごした。

「だからもういいのです。」

その言葉を、弟を受け入れた安堵として読むこともできる。けれど、何が違ったのか思い出せなくなった人が言うと、別の響きがある。

戻ってきたのが弟だったのか。それとも、戻ってきたものを弟と呼び続けたのか。

確かめられないまま、家族になってしまった。

「もう完全に家族なんです。」

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参考資料

原典と転載

伝承・ことば・時刻

養鶏・孵化

読者の反応・後年の解説

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