地下のまる穴(丸穴)とは?宗教団体の正体と後日談を2009年の原典から検証

青黒く不気味な地下空間に、巨大な鉄の輪が縦に立つ。「地下のまる穴とは?」というタイトルが浮かび上がる、都市伝説のアイキャッチ画像。 ネット怪談・洒落怖

「突然で申し訳ありません。私はあなたをよく知っています」

17年後、ひとりの男性のもとに、差出人の名前がない封筒が届きました。手紙には、本人でさえ忘れかけていた”昔の名前”が書かれていました。

洒落怖の名作として語り継がれる「地下のまる穴」。「地下の丸穴」と書かれることもあります。読み終えた人の多くが、この手紙のところで立ち止まります。差出人は誰なのか。約束の日に、何が起きたのか。

この記事では、2009年に投稿された原サイトの保存ページまでさかのぼって、謎を一つずつ確かめました。そこには、作者を名乗る人物が「後日談を書く」と予告したコメントも残っていました。

まだ読んでいない人は、第2章のあらすじへ(原作を自分で読みたい人は、第1章に原文の場所があります)。
読んだことがある人は、第3章へどうぞ。

地下のまる穴とは?2009年に投稿された「異世界」怪談

月明かりの下、般若を思わせる彫刻がある門を前に立つ5人の若者のイメージ

この章のポイント

✓ 2009年10月20日、「ホラーテラー」に全3部で匿名投稿された長編怪談。
✓ 「洒落怖」への転載は2011年。原サイトへの投稿とは約2年の隔たりがある。
✓ 当時のページはWebアーカイブに保存されている。

どんな話?(ネタバレなし)

語り手は、都内で働く会社員です。17年前、高校3年の冬に起きたことを、書きためてきたメモを読み返しながら書き残す――物語はそんな形で始まります。

舞台は田舎の町。1991年、そこに突然、新興宗教の施設が建てられました。敷地は東京ドーム2〜3個分。門の上には般若のような彫り物があり、語り手たち高校生は施設を「悪魔教」「般若団体」と呼んでいました。

語り手は同級生たちと、その施設へ肝試しに忍び込みます。

その夜を境に、彼の知っていた日常は一変しました。

初出は洒落怖ではなく「ホラーテラー」

この話が最初に現れたのは、読者が怖い体験を投稿し、ほかの読者が評価やコメントをつけるサイト「怖い話投稿:ホラーテラー」でした。投稿先は「本当にあった怖い話」のコーナーです。

2009年10月20日、投稿者名は「匿名さん」。18時04分に第1部、19時41分に第2部、19時42分に第3部が上がりました。約3週間後に保存されたページでは、第3部だけで1,205人が評価し、コメントは373件に達していました。

原サイト「地下のまる穴:3」のタイトルと、1,205人の評価を示す欄
「地下のまる穴:3」のタイトルと評価欄。2009年11月9日の保存ページより。 出典:ホラーテラー保存ページ
匿名さんの投稿日時と、全373件と表示された原サイトのコメント欄
同ページの投稿日時とコメント欄。投稿日時は2009年10月20日19時42分、保存時のコメント数は373件。 出典:ホラーテラー保存ページ

「洒落怖」(2ちゃんねるの「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」スレッド)に貼られたのは、約2年後の2011年12月16日です。この転載時の年で紹介されることもあり、2024年のテレビ東京公式サイトの記事でも「地下のまる穴」(2011年)と書かれていました。

生まれた年さえ、いつのまにか少しずれて語られていく。この話には、そんなところがあります。

少し詳しく:洒落怖に届くまでの2年間
  • 2010年2月:2ちゃんねるの書き込みで、原サイトのURLが紹介される
  • 2010年4月:ニコニコ動画に朗読動画。説明文に「ホラーテラー様より転載」
  • 2010年7月:オカルト板のスレッドで紹介され、「宗教がらみでは」「脳や心の問題では」という読み方がもう出ていた
  • 2010年8月:mixiの日記に、前編・後編として転載
  • 2011年4月:Yahoo!知恵袋に「ホラーテラーが開けない」という質問。原サイトにつながらないという声が出はじめる
  • 2011年12月16日:洒落怖に転載。貼った人は「ホラーテラーの名作でも貼っていくかな」と書き、同じ日に同じIDで「禁后(パンドラ)」も貼っている(転載した人が同じというだけで、作者が同じという意味ではありません)

※「2008年の作品」とする回答も見かけますが、原サイトの保存ページの日付(2009年10月20日)と合いません。

ホラーテラーは、すでに閉鎖されています。それでも当時のページは、昔のWebページを保存している「Wayback Machine(ウェイバックマシン)」という、ネット上の図書館のようなサービスで読めます。

開くまでに少し時間がかかることがあります。

旧ドメイン(horror-terror.com)にアクセスすると、トップ画面は今も表示されます。ただしこれは、無料ツールで一部だけを復元した「デモ版」で、各話の本文は開けません。

なお、題名の似た「地下の井戸」は別の怪談です。

あらすじ――地下の輪をくぐった夜と、17年後の手紙

暗い地下室に縦につり下がる巨大な鉄の輪と、その前にいる人物のイメージ

この章のポイント

✓ 肝試しに行ったのは5人。先に地下へ降りた3人の姿が見当たらなくなる
✓ 語り手は巨大な輪に飛び込み、病院で別人として目覚める
✓ 17年後、昔の名前を知る人物から手紙が届く

「悪魔教」と呼ばれた施設

ここからは結末まで書きます。先に原作を読みたい人は、第1章の原文リンクからどうぞ。

田んぼと山に囲まれた片田舎。高い壁の向こうに、語り手たちが「悪魔教」と呼んでいた施設がありました。門の上には、般若のような彫り物があります。

高校3年の冬、ある夜。廃郵便局の前に集まったのは、語り手と同級生のA・B・C、後輩のE。来るはずだった2人は、30分近く待っても現れませんでした。

5人は、そのまま施設へ向かいました。

正面の門からは中へ入れませんでした。けれどAは、別の入口を知っていました。

「俺が知っとるよ」

トイレの奥の階段

小さな扉を抜け、5人は敷地の中へ入りました。
建物のあいだには、明かりのついた公衆トイレがぽつんとありました。そのそばで休もうと言い出したのは、Aです。

先に中へ入ったAが、みんなを呼びました。

「面白いもんがあるよ」

Bが個室の扉を開けると、その向こうには、地下へ下りるコンクリートの階段が続いていました。

Aに誘われても、語り手とBは断ります。AはCとEとともに、地下へ降りていきました。

残された2人は、Aの振る舞いを怪しみ、初めから自分たちをここへ連れてくるつもりだったのではないかと話します。

5分近くたっても、3人は戻りません。帰ろうにも、懐中電灯は2本ともAたちが持っていったため、2人は待ち続けました。

そのとき、遠くから足音が聞こえてきました。

ザッ、ザッ、ザッ。いくつもの足音が、こちらへ近づいてきます。

Bがほかの個室の扉に手をかけました。開きません。隣の扉も、開きません。

「閉まっとる」

地下室の「まる穴」

逃げ場はありません。「仕方ないわ。降りよう」とBが言いました。

階段の下は、コンクリートがむき出しの部屋でした。天井からオレンジ色の豆電球がいくつか下がり、部屋の真ん中に、巨大な鉄のフラフープのような輪が縦にぶら下がっていました。壁から壁に届きそうな大きさです。

先に降りたはずのA・C・Eは、見当たりませんでした。

頭の上で、ブツブツと話し声がします。3〜4人だった声が、10人ほどに増えていく。語り手は震えながら、楽しいことを思い出そうとしました。浮かんだのは、お笑い番組「爆SHOW☆プレステージ」でした。

声がやみ、扉の開く音が2つ続けて、さらにもう1つ。そして、階段を降りてくる足音。

足音が階段の途中まで来たとき、Bが悲鳴を上げて奥へ走りました。輪をぴょんと跳び越えた瞬間――Bの姿が消えました。

部屋の扉が開き、隙間から顔だけがのぞきました。長い白髪に、王冠のようなもの。しわだらけの顔に、満面の笑み。おじいさんか、おばあさんかもわかりません。

その笑顔に悪意を感じ、語り手も輪に飛び込みました。

知らない家族、知らない名前

目を開けると、病室でした。

医師は、知らない名前で語り手を呼びました。泣きながら入ってきた「母」は、母ではありません。若い女の子が「お兄ちゃん、おかえり…」と泣き崩れます。語り手に、妹はいません。

トイレの鏡をのぞいたとき、語り手は悲鳴を上げました。映っていたのは、まったくの別人の顔でした。

医師たちの説明では、学校帰りに倒れ、2年近く眠り続けていたといいます。AやBのことを話しても、記憶の障害として片づけられ、施設や輪の体験も、眠っていた間の夢だと流されました。

周囲の人と話すうちに、語り手はさらに戸惑います。「神奈川県」も「東京」も「日本」も、お金の「円」も、聞いたことのない名前だったのです。

月明かりの差す病室で、ベッド脇の机に置かれた封筒と手紙。奥に異世界を思わせる円形の影が見えるイメージ

新しい暮らしと、17年後の手紙

新しい家族に慣れるにつれ、元の家族や友人の顔は思い出しにくくなっていきました。けれど、施設で過ごしたあの夜の記憶は鮮明でした。特に、老人の笑顔が忘れられません。

高校に戻った年の夏休み。本屋で、語り手は息をのみました。並んでいた宗教の本に、あの施設の教団名があったのです。元の世界では無名だった教団が、こちらでは世界的な宗教団体になっていました。

それでも、新しい家族に心配をかけたくない語り手は、そのことを胸にしまい、日常へ戻っていきます。

あの夜から17年。語り手のもとに、匿名の手紙が届きます。書いた人物は、語り手の昔の名前を知っていました。今の婚約者のことまで。

やがて、2通目が届きました。語り手の要約によれば、そこにはこうありました。

「どうやらここにはあなたと私しか来ていないようです」

待ち合わせは、今月25日の19時。

語り手は、会いに行くつもりだと書きました。

「できればBであってほしいです」

何が起こるかわからないため、同じような文面を婚約者と妹にも残しておくつもりだといいます。

手記に、約束の夜の出来事は書かれていません。

少し詳しく:要約で間違えやすいところ

ネットのあらすじには、原典と違う形で広まっているものがあります。

  • 季節は「夏」ではなく、冬
  • 肝試しに行ったのは「D」ではなく、後輩のE(DとFは来なかった)
  • 語り手とBが待っていたのは、トイレの「外」ではなく中
  • 宗教の本を見つけたのは「図書館」ではなく、本屋

私がいちばん気味悪く思うのは、教団の名前だ。顔も、名前も、国の名前さえ変わったのに、あの教団の名前だけは、目覚めた世界にもあった。偶然ではないのかもしれないな。

宗教団体の正体と場所は?「悪魔教」と呼ばれた施設

山間の田園にある高い壁で囲まれた宗教施設のイメージ

この章のポイント

✓ 「悪魔教」「般若団体」は高校生がつけたあだ名。正式な名前は伏せ字になっている
✓ 「破邪眞理教」は、2009年の原典にはない名前
✓ 場所も、モデルになった実在の団体も特定できない

あだ名と、東京ドーム2〜3個分の施設

「悪魔教」「般若団体」は、語り手たちが学校でつけたあだ名です。教団が名乗った名前ではありません。

施設が建てられたのは1991年。敷地は東京ドーム2〜3個分だったと、語り手は記憶しています。約9〜14ヘクタール。正方形に換算すると、一辺が約300〜375メートルになる広さです。高い壁の内側には、奇妙な形の建物が3棟ありました。

建設計画に住民は反発し、市長や県知事に嘆願書を提出したといいます。それでも、教団側が「ある条件」を示すと建設は進められ、施設は完成しました。

その条件とは、市への多額の寄付金だったのではないか――。地元では、そんな噂が広まっていたと語られています。ただし、原典でも寄付の事実が確かめられたわけではありません。

「破邪眞理教」は誰がつけた名前?

ネットでは、この教団を「破邪眞理教」と書いた文章を見かけます。けれど2009年の原典では、教団名は「○○○○」と伏せられたままです。

「破邪眞理教」は、2023年公開の掲載版の一つで確認できます。また、2020年の派生動画『新約・地下の丸穴 完結編』の紹介には、「送生教」という名前が登場します。ただし、どちらも誰が最初に名付けたのかは確認できていません。

原典の本屋の場面で、教団名が丸四つの伏せ字になっている箇所
2009年の原典では、教団名は「○○○○」と伏せられている。 出典:ホラーテラー保存ページ
2023年の掲載版で、本屋の場面に破邪眞理教という名前が書かれた箇所
2023年の掲載版では、同じ場面に「破邪眞理教」という名前が登場する。 出典:怪奇カタルシス掲載版

では、原典の伏せ字から名前を推測できるでしょうか。

「○が4つだから4文字の宗教だ」という読みもあります。しかし、語り手の昔の名前は、手紙の中では「○○」、直後の説明文では「○○○」と表記されています。○の数だけで、正式名称の文字数を決めることはできません。

原典では伏せ字だった教団が、語り直された物語の中では、別々の名前を与えられているのです。

場所はどこ?実在のモデルはある?

原典の記述だけでは、施設の所在地も、モデルとなった実在の団体も特定できません。肝試しをした町や県の名前は、明かされていないからです。

所在地の手がかりとして注目されるのが、「知っとる」「おらん」といった台詞の方言です。2012年には、広島や山口中東部の方言だと推理する読者もいました。一方で関西弁と捉える人もおり、台詞だけで場所を絞るのは難しいところです。

Q&Aサイトには、1991年という年から実在の団体を連想する回答もあります。ただし、作品との関係を裏づける資料は示されていません。年や外観が似ているだけでは、その団体がモデルだとは言えないのです。

二つの世界にあった、同じ教団名

目覚めた世界では、県の名前も国の名前も、歴史上の人物も、テレビ番組さえ、知らないものばかりでした。

そんな世界で、語り手が本屋で見つけたのは、あの教団の名前でした。元の世界では無名の新興宗教だった団体が、こちらでは世界的な規模になっていたのです。

家族も、自分の名前も変わってしまった。それなのに、あの教団は、こちらの世界にも存在していました。まるで、語り手より先にこの世界へ入り込み、待っていたかのようでした。

地下で何が起きた?5人の行方と「A黒幕説」

薄暗い公衆トイレで別々の個室を調べる二人の高校生と、奥の個室から地下へ続く階段のイメージ

この章のポイント

✓ 語り手のほかに、輪をくぐる姿が描かれたのはBだけ。A・C・Eの行き先は書かれていない
✓ 語り手とBもAの行動を怪しんでいた。ただし、黒幕とは断定できない
✓ 個室の物音は聞いているが、誰が何をしていたのかは見ていない

5人の行方は、どこまでわかる?

教団の正体につながる手がかりは、あの夜の5人の行動にあるのでしょうか。語り手が確かめたことと、わからないことを分けてみます。

人物語り手が確かめたことわからないこと
A・C・E懐中電灯を持って階段を降りていった輪をくぐったかどうか。その後の行き先
B輪へ跳び込む瞬間、姿が消えた消えた先で、どうなったか
語り手自分で輪に飛び込み、病室で目覚めた飛び込んだ瞬間、自分の体がどうなったか

地下室には、2人が入ってきた扉と、中央の輪が描かれています。ほかの出口は書かれていません。そのため、A・C・Eも輪をくぐったと考えたくなりますが、その場面を語り手は見ていません。

先に降りた3人は、輪の向こうへ行ったのか。別の経路で地下室を離れたのか。

――それとも。

Aは教団の手先だったのか

Aを怪しんだのは、読者が最初ではありません。あの夜のトイレで、Bが「Aってなんか変じゃないか?」と言い、語り手も「今日のAはおかしい」と答えています。

疑いたくなる行動は、たしかにあります。

  • 実家のスーパーには信者が毎日2〜3万円分の買い物に来て、両親は教団に感謝していた
  • 正面とは別の、小さな入口を知っていた
  • 休憩を提案し、個室の階段の存在を仲間に知らせた
  • 尻込みする語り手を「お前怖いんじゃろ?」とあおった
  • 懐中電灯は2本ともAたちが持って降り、残された2人は出口を探すのをためらった

ただし、これだけで教団との共犯は断定できません。

語り手とBはいったん誘いを断り、迫る足音から逃れるために地下へ降りています。Aが2人を輪へ誘導する場面もありません。

原典では、Aは親から聞いた「施設に可愛い女性が出入りしている」という話を持ち出し、仲間を肝試しに誘っています。単に高校生らしい好奇心だったとも読めます。

投稿翌日の原サイトのコメント欄にも、Aの家族がすでに信者なのではないか、という推測が記録されています。

Aは、どこまで知っていたのか。あの夜、先に地下へ降りた彼の行方も、明かされないままです。

開かない個室と、王冠の人物

足音が近づいたとき、Bは2つの個室を開けようとしました。どちらも、なぜか開きませんでした。

地下の2人が聞いたのは、扉の開く音が2つ続けて、さらにもう1つ。語り手は、最初から個室に誰かが入っていたのではないかと考えます。けれど、出てくる姿は見ていません。何人いたのかも、3つ目がどの扉だったのかも、わかりません。

頭の上の声は、10人ほどに増えていました。それなのに、語り手が目にしたのは、扉の隙間からのぞく顔ひとつだけ。長い白髪に王冠のようなものをのせた、おじいさんか、おばあさんかもわからない顔です。

声の主たちと、個室の何者かと、王冠の人物。それが同じ仲間だったのかどうかさえ、原典には書かれていません。

少し詳しく:Bも怪しい?

2013年、原典を転載したブログのコメント欄に「読み直すと、Bにも語り手を誘導しているような行動がある」という意見が書かれました。たしかに、「降りよう」と言い出したのはBです。

けれど原典のBは、Aの誘いを断り、「もう二人で帰るか」と言い、Aたちがいないと知ると「わからん、わからん…」と顔をひきつらせ、悲鳴を上げて輪へ走っています。Aを「変じゃないか」と言い出したのも、Bでした。少なくとも原典の描写からは、Bが何かを知っていたようには見えません。

ここまでの主な登場人物は5人。
ただし、肝試しはもともと7人で行く予定だったんだ。
同級生のD、後輩のF。
この2人は、待ち合わせに来なかった。

だが――。
肝試しの予定を知っていたのは、施設に入った5人だけじゃない。

あくまで考察だが、開かなかった個室の扉といい、誰かが来訪を知って待ち伏せていた可能性はないだろうか。
もちろん、DとFが関わっていたかどうかはわからない。

輪の向こうは異世界か?記憶と「矛盾」を確かめる

夜の病院の鏡を見つめる男性と、見慣れない顔が映る様子のイメージ

この章のポイント

✓ 移動したのが体なのか意識だけなのかは、原典では決まっていない
✓ 「円」や年号の食い違いは、語り手が書き直したとも読める
✓ 実在が確認できない番組名は、世界のズレの伏線として読まれてきた

体ごと?それとも意識だけ?

輪の向こうへ行ったのは、体なのか、意識だけなのか。Bと語り手の描写を比べてみます。

Bは、輪を跳び越えた瞬間に姿を消しました。体ごと、どこかへ行ったように見えます。

一方の語り手は、別人の顔で目覚めました。周囲の説明では、学校帰りに倒れ、2年近く眠っていたといいます。こちらは、別人の体に意識だけが移ったようにも読めます。ただし、Bが移動先でどうなったかは不明です。

語り手自身も、自分の記憶を疑い始めていました。「眠っていた時の夢」だと言われ続け、自分には「別人格・別世界の記憶が上書きされている」のだ、と考えるようになります。

言葉にも変化があります。地下で「おらんじゃん…」とつぶやいた語り手が、病室では「僕は○○でもないし」と話しています。この違いは、2012年の読者コメントでも指摘されていました。

話す相手や場面の違い、書き手の癖とも考えられます。それでも、体だけでなく言葉まで変わったように読むと、この目覚めは一層不気味に映ります。

「1991年」「約2年」「17年」と「円」

原典に出てくる時期を整理すると、こうなります。

時期出来事
1991年宗教施設が建設されたと語られる
高校2年の秋ごろ施設が完成
高校3年の冬肝試しの夜。手記では「17年前」とされる
目覚めたあとこの体は2年近く寝たきりだったと聞かされる
新生活の中で「半年後」に高校へ復帰。20歳で高校3年生をやり直す
物語内の時系列を図で確認する
物語内の時系列図。1991年の施設建設、高校2年秋の完成、高校3年冬の肝試し、別人の体で目覚める出来事、17年後の2通の手紙を示す
『地下のまる穴』の物語内の時系列(原典の記述をもとに整理したイメージ図。約2年は目覚めた体の睡眠期間)。

1991年は施設の建設に関する年で、肝試しの年ではありません。投稿年の2009年を基準に17年さかのぼれば、1992年ごろになります。ただし、これは逆算による推定です。「約2年」も、目覚めた体が眠っていた期間であり、二つの世界の時間がどう対応しているかはわかりません。

もう一つ引っかかるのが、お金です。物語の前半では信者が毎日2〜3万円分の買い物をしているのに、目覚めた語り手は「円など聞いた事もない」と書いています。東京を知らないはずなのに、施設の広さには「東京ドーム」が使われています。

ただし語り手は冒頭で、細かい部分や会話は補足・修正したと断っています。17年後、こちらの世界で通じる言葉や尺度に置き換えて書いた――そう読めば、説明できる余地はあります。

その読みを広げるなら、1991年という西暦も、こちらの暦に換算したものなのかもしれません。ただし、そこまでの説明は原典にはありません。

実在しない?「爆SHOW☆プレステージ」

あの夜、地下室で語り手が思い出したお笑い番組「爆SHOW☆プレステージ」。この番組が放送された記録は、調べた範囲では見つかりません。

投稿の翌日には、この番組名に引っかかり、やがて意味に気づいたという読者の感想が、原サイトに残っています。目覚めた世界のテレビは「観た事がない番組ばかり」でした。この番組名は、元の世界を思わせる、数少ない名前でもあります。

その番組名は、物語の外でも奇妙な扱われ方をしています。2023年に公開された掲載版の一つでは名前が消え、「当時流行っていたお笑い番組」とだけ書かれていました。逆に2025年9月には、懐かしのバラエティ番組を挙げ合う掲示板に、実在の番組と並んでこの名前が書き込まれています。元ネタを知る誰かの冗談かもしれません。

補足資料:2025年の掲示板に現れた番組名(画像)
2025年9月21日のバラエティー番組スレッド名と、過去ログ倉庫に保存された冒頭の書き込みを示す画面
同スレッドのタイトルと冒頭の表示。過去ログ倉庫に保存された画面。
2025年9月21日の掲示板で、あらびき団、爆SHOW☆プレステージ、渋谷系裏りんごが続けて挙げられている
2025年9月21日、懐かしいバラエティー番組を挙げる掲示板の28~30番。29番には「爆SHOW☆プレステージ」とあり、前後に「あらびき団」「渋谷系裏りんご」が並ぶ。 出典:5ch元スレッド

私が気になるのは、2025年の書き込みだ。放送記録を確認できない番組名が、実在の番組と並んでいる。元ネタを知る誰かの冗談だろうか。それとも――向こうの世界の記憶が、こちらに混ざりはじめているのかもしれないな。

17年分のメモと、思い出せない名前

語り手は、17年間書きためたメモを読みながら、この手記を書いたといいます。けれどAの名前は、目覚めたあとの入院中に、すでに思い出せませんでした。新しい生活に慣れるにつれ、両親や兄、友人の顔、故郷の町並みも、思い出しにくくなっていきます。

それでも、施設で過ごしたあの夜の記憶は鮮明でした。

親の顔が薄れる一方で、手記には番組名が残っている。不自然にも見えますが、その番組を思い出したのも、あの夜の地下室でした。教団名も、忍び込んだ施設のものです。鮮明に残る記憶が、あの夜を中心につながっている――そう読むこともできます。

ただし、メモそのものは示されていません。どの名前が記録に残り、何が記憶から補われたのかは、わからないのです。

そして、あの夜から17年。自分の昔の名前さえ曖昧になった男のもとに、その名前を知る人物から手紙が届きます。

最後の手紙の差出人は誰なのか

夜の机に置かれた差出人不明の手紙へ伸びる手のイメージ

この章のポイント

✓ 手紙は2通。2通目は「要約すると」という前置きで紹介される
✓ 語り手はBであってほしいと願うが、差出人の正体は明かされない
✓ 大きな謎は、どうやって今の居場所や婚約者の存在を知ったのか

2通の手紙に書かれていたこと

手記によれば、1通目は先月、2通目は先週届きました。1通目は匿名です。

「突然で申し訳ありません。私はあなたをよく知っています。あなたも私をよく知っているはずです」

差出人は、語り手を見つけるまでに長い時間と手間がかかったと述べ、昔の名前を挙げます。そして、手紙の内容は誰にも言わないでほしいと念を押していました。「あなたの婚約者にも」。

2通目は、語り手が「要約すると」と前置きして紹介しています。その要約では、差出人は自分の名前を名乗り、こう伝えています。

「どうやらここにはあなたと私しか来ていないようです」

「二人だけ」という話も、断定はされていません。差出人が何を調べ、そう判断したのかは不明です。

原典の手紙を確認する
原典に記された二通の手紙、今月25日の待ち合わせ、婚約者と妹に文面を残そうとする結末
「地下のまる穴:3」の手紙と結末。2通目は「要約すると」と前置きされている。 出典:ホラーテラー保存ページ

差出人はBなのか

候補候補になる理由残る疑問
B輪をくぐる姿が描かれた唯一の仲間。語り手もBであってほしいと願う同じ世界に着いたか不明。別人になった語り手をどう見つけたのか
A・C・E昔の名前を知る、あの夜の仲間輪をくぐった描写も、その後の行方もない
こちらの世界の誰か病院で語り手の過去や、施設での体験を聞いた人がいる昔の名前まで聞いていたか、誰に情報が伝わったかは不明
教団関係者元の世界の施設と同じ名の教団が、こちらにも存在する語り手を追跡したり、手紙を送ったりした描写はない

まず候補に浮かぶのはBです。ただし、原典には差出人を確定する場面がありません。2013年の読者コメントにも、Bではないだろうという読みが残っています。

何より不気味なのは、差出人が知っている情報です。今の住まいに手紙を届け、婚約者の存在にも触れている。さらに、2通目の要約には「あなたは覚えていませんよね?」という一言があります。

記憶が薄れていることまで知っていたのか。それとも、17年もたてば忘れているだろうと考えただけなのか。

語り手は「あの夜のメンバーなら話せば誰なのか分かります」と書いています。けれど、施設での体験は、病院で医師にも話しています。あの夜の話を知っているだけでは、仲間本人だとは言い切れないのです。

少し詳しく:一部の掲載版では、手紙の名前が入れ替わっている

2023年に公開された掲載版の一つでは、伏せ字だった名前に「惣一郎」「清助」が入っています。ところが、その対応が途中で入れ替わっています。

場面その版での名前
病院で呼ばれる今の名前清助
1通目に書かれた昔の名前惣一郎
2通目で差出人が名乗る名前清助
語り手が思い出せない名前惣一郎

この版では、差出人が語り手の「今の名前」を名乗ることになってしまいます。2009年の原典では、人物名はいずれも伏せ字です。

手紙の差出人がBだったなら、なぜ婚約者の存在まで知っていながら、直接声をかけずに手紙を送ったのだろう。私なら、懐かしさからすぐに声をかけたくなりそうだ。それとも、突然現れても信じてもらえないと思い、慎重になったのだろうか。

差出人の正体だけでなく、手紙を選んだ理由も、想像で補うしかないんだ。

待ち合わせの「今月25日」はいつ?

待ち合わせは「今月25日の19時」。クリスマスだと受け取る読者もいますが、原典に「12月」とは書かれていません。2012年には、すでにそこを指摘する読者もいました。

手がかりは投稿日です。手記が投稿されたのは2009年10月20日。書いたのも同じ年の10月なら、待ち合わせは10月25日。投稿のわずか5日後です。

もちろん、執筆と投稿が同じ月だったとは限りません。それでも、もしそうなら――語り手は約束の5日前に、「誰にも言わないで」と頼まれた手紙のことを、ネットに書き残したことになります。

そして、原サイトのコメント欄には、この「25日」に触れた気になる書き込みが残っています。

後日談はあるのか?原サイトに残っていた「予告」

月明かりの古い机でパソコンと資料を調べる光景のイメージ

この章のポイント

✓ 2009年10月23日、「投稿者本人」を名乗る匿名コメントが後日談を予告していた
✓ 翌日には「なりすまし」を疑う声があり、予告された本文は見つかっていない
✓ 「後日談を読んだ」という後年の証言は、原作の結末によく似ている

「投稿者本人です」――保存ページのコメント

物語は、待ち合わせの日を前に終わります。その後を知りたくて検索すると、「後日談がある」という声がいくつも見つかります。原サイトの保存ページまでさかのぼると、たしかに、その入口らしきものが残っていました。

2009年10月23日、20時37分。投稿から3日後、原典の第2部のコメント欄に、こんな書き込みがあります。

投稿者本人を名乗る2009年10月23日20時37分の予告と、翌24日18時43分のなりすましを疑うコメント
「地下のまる穴:2」へのコメント一覧。2009年10月23日の後日談予告と翌日の疑義(Wayback Machine、2010年3月30日保存)。 出典:原サイトのコメント一覧(保存ページ)

「投稿者本人です」――そう名乗ったうえで、25日以降に後日談を書く、と予告しています。

ただし、名前欄の表示は「匿名さん」。ほかの読者のコメントと同じ形で、作者だけにつく印は見当たりません。「投稿者本人」は、本文の中で名乗っているだけです。

「なりすましは反則」と、待ち続けた読者たち

翌24日の18時43分。保存された一覧では、予告のすぐ上に、こんな書き込みが並んでいます。

「↓なりすましは反則だと思う。」

矢印の先にあるのは、「投稿者本人です」と名乗ったコメントです。

翌年3月の保存ページで、第2部の一覧にある最も新しい書き込みは、10月25日5時06分のものです。中身は、ふつうの感想でした。待ち合わせが10月25日なら、約束の時刻を迎える前の早朝です。

予告された後日談の本文は、確認できていません。第3部のコメント欄では、年が明けても読者が呼びかけ続けていました。2010年3月には「その後どうなったのか」。4月には「本人なら返事を。なりすましは禁止」「会えたのか教えてほしい」(いずれも要旨)。作者本人の返答と確認できる書き込みは、見つかっていません。

2012年6月のYahoo!知恵袋でも、「その後は?」という質問に、今のところ続きらしいものはない、という回答がついています。

少し詳しく:「後編」「地下のまる穴4」「完結編」の違い
  • 2010年8月、mixiの「後編」:原典の結末までを、前編・後編に分けて転載したもの
  • 2011年12月、洒落怖の「地下のまる穴4」:転載時に本文を分割した際の番号。原典の第4部ではない
  • 2020年、「新約・地下の丸穴 完結編」:原典とは異なる人物名や設定を加えた派生動画
  • 2024年の朗読動画:説明欄で、二次創作として続編を書く構想に触れている

いずれも、2009年の原作者による後日談が見つかったことを示すものではありません。

作者は誰?実話なのか?

原典の投稿者名は「匿名さん」。作者の身元は、わかっていません。

「作者はTwitterにいる」という噂は、2014年と2017年の掲示板に出てきますが、裏づけとなるアカウントや投稿は確認できていません。「作者はオモコロのライター」という噂も、確認した書き込みでは、別の怪談と取り違えているようです。

では、10月23日に「投稿者本人です」と名乗った人物は、本物だったのか。名前欄は「匿名さん」で、予告にある「25日」も、本文を読めば誰でも知っている日付です。この書き込みだけでは、本人かどうかは判断できません。

実話かどうかも、結論は出ていません。「本当にあった怖い話」のコーナーに投稿されたことは事実ですが、それだけで実体験だったとは言えません。ただ、裏づけが見つからないことと、作り話だと証明されたことは別です。

「後日談を読んだ」という人たち

作者本人による続きは確認できていません。それでも、後日談を「読んだ」という人たちがいます。

  • 2015年:最初に掲載されたホラーテラーに後日談があったという書き込み
  • 2016年:コメント程度の後日談があり、妹と奥さんに真実を告げ、友人に会いに行く内容だったという回想
  • 2017年:コメント欄に本人が登場して会いに行くと書き、その後は音沙汰がなかったという回想

2017年の証言は、10月23日の予告を指しているのでしょうか。文面が同じとは確認できず、別の書き込みだった可能性も残ります。

気になるのは2016年です。原典では、婚約者と妹に同じような文面を残そうとしています。証言の内容はその結末と重なりますが、「婚約者」は「奥さん」に変わっています。ただ、「真実を告げて、友人に会いに行く」という言い方だけでは、実行済みの出来事なのか、予定の要約なのかはわかりません。

補足資料:2016年の「後日談を読んだ」という証言(画像)
後日談を読んだと述べ、妹と奥さんに真実を告げて友人に会いに行く内容だったと回想する2016年のコメント
2016年8月26日17時03分、哲学ニュースnwkのコメント127。「後日談がある」「妹と奥さん」と回想する書き込み。 出典:哲学ニュースnwk・コメント127

実は2010年3月、原サイトにも、語り手が家族に話したことを前提に、その後の展開を想像する読者がいました。2016年の証言とのつながりは不明です。当時のコメントをすべて調べきれたわけではなく、短い追記が本当にあった可能性も残ります。

後日談の本文は見つからない。それでも、続きを「読んだ」という声は残っています。

では、彼らは何を読んだのでしょうか。

私は、2016年の書き込みが忘れられない。婚約者が「奥さん」と呼ばれていた。わずかな言い換えなのに、物語の続きが、読んだ人の記憶の中で進んでいるように見えるのだ。

考察おおかみ――まる穴は、今も記憶を書き換えている

巨大な鉄の輪を前に、記憶の謎を考察するおおかみのイメージ

この章のポイント

✓ まる穴は人を運ぶ扉ではなく、名前と記憶を書き換える輪だと私は考える
✓ 私が注目するのは、世界が変わっても残った教団の名前と、忘れられない老人の顔だ
✓ 手紙の差出人は、Bではない。そして同じ書き換えは、手記を読んだ人にも起きている

まる穴は「扉」ではない。「書き換える輪」だ

私は、まる穴を別の世界への扉だとは考えていない。あれは、人の名前と記憶を書き換える輪だ。

語り手が目覚めたのは、こちらの世界で2年近く眠っていた青年の体だった。顔も名前も、別人のものになっていた。やがて、元の人生の記憶まで薄れていく。Aの名前を思い出せず、家族の顔も浮かびにくくなる。手紙で呼ばれた自分の昔の名前にさえ、「全くピンときません」と書いている。

変わったのは、顔や名前だけだろうか。地下で「おらんじゃん…」とつぶやいた男が、病室では標準語で話している。相手に合わせて話し方を変えただけとも読める。けれど私は、言葉までこの体になじみはじめていたように感じる。

語り手自身も、自分には「別人格・別世界の記憶が上書きされている」と信じはじめていた。元の人生だと思っていた記憶さえ、自分のものなのか疑いはじめたのだ。上書き――私は、この一語にすべてが詰まっていると思う。

「円」や「東京ドーム」の食い違いも、そう考えると違って見える。元の世界を語るために、こちらの世界の言葉を使う。そのたびに、失われた言葉の上へ、新しい言葉が重なっていく。

手記の中の過去さえ、上書きの途中なのだ。

なぜ、あの笑顔は消えなかったのか

この「書き換え」を、宗教的な「生まれ直し」として考えてみたい。

プラトンの『国家』には、次の人生へ向かう魂たちが、川の水を飲んで記憶を失う物語がある。新しい生を始める前に、それまでの記憶を手放すのだ。『国家』第10巻

もし、まる穴にも同じような働きがあったとしたら。語り手の記憶が薄れていったのは、新しい人生に移るための過程だったのかもしれない。

では、なぜあの夜は鮮明に残ったのか。とりわけ、老人の満面の笑みは。

家族の顔さえ思い出しにくくなるのに、一度見ただけの顔を忘れられない。恐怖が深く刻まれたからだろうか。それとも、輪をくぐったあとにも残るよう、刻みつけられたのだろうか。

ここで私は、あの老人を人間だと考えていいのか、疑いたくなる。

輪が人の記憶を書き換えるものなら、あの顔にも、その仕組みの中で役目があったのではないか。新しい人生へ、消えない記憶を持ち越させる役目だ。

語り手は、あの笑顔に見られたくなくて輪に飛び込んだ。それなのに、逃げた先でも、その顔を忘れられない。

人の姿をした装置が、恐怖を使って、自分の顔を焼きつけていたとしたら。

目覚めた世界には、同じ名の教団があった。そして語り手の中には、あの顔が残っていた。

輪をくぐったことで、世界が変わっても切れないつながりが、教団との間に生まれてしまったのかもしれないな。

手紙の差出人は、Bではない

語り手は、差出人がBであってほしいと願った。私も、そうであってほしかった。だが、私の答えは違う。

語り手は「あの夜のメンバーなら話せば誰なのか分かります」と書いた。昔の名前さえ曖昧になった彼が、相手を確かめるために頼ったのは、あの夜の記憶だった。

けれど、あの夜、施設にいたのは5人だけではない。階段を降りてきた何者かがいた。扉の隙間からのぞいた老人がいた。施設の側にも、あの夜の出来事を知る者がいたはずだ。

差出人は、今の住所も婚約者も知っていた。語り手がまとめた手紙の内容には、「あなたは覚えていませんよね?」という言葉もある。

私は、差出人は教団の側だと考える。

もしそうなら、「どうやらここにはあなたと私しか来ていないようです」という一文は、同じ境遇の仲間だと思わせるための誘いになる。「誰にも言わないで」「必ず一人で」という念押しも、語り手を周囲から切り離す言葉に見えてくる。

あの夜も、語り手は仲間とはぐれ、輪の前へ追い込まれた。17年後の手紙もまた、彼を一人で、指定された場所へ向かわせようとしている。

語り手は、あの夜の話が通じれば、仲間だとわかると思っていた。けれど、その記憶は、施設の側にも通じるものだったのかもしれない。

そして、輪は今も回っている

手記が投稿と同じ月に書かれたなら、語り手は約束の5日前に、「誰にも言わないで」と頼まれた手紙のことをネットへ書き残したことになる。

後日談の予告は、本物だったのか。約束の夜、何が起きたのか。確かな答えは、まだ見つかっていない。

それでも、この手記は語り直され、その姿を変え続けている。

  • 昔の名前を伏せる○は、手紙の「○○」から、続く地の文では「○○○」に増えていた
  • 2009年に投稿された作品が、「2011年の作品」と紹介されるようになった
  • 伏せ字の教団に、「送生教」や「破邪眞理教」という名前がついた
  • 人物にも「惣一郎」「清助」という名前がつき、その版の中で使われ方に食い違いが生まれた
  • 地下で思い出した番組名は、ある版では消え、別の場所では懐かしい番組として挙げられた
  • 後日談を「読んだ」という証言では、婚約者が「奥さん」と呼ばれていた

誤記もあれば、意図的な翻案もある。勘違いや冗談で説明できるものもあるだろう。けれど、並べてみると、一つの形が浮かぶ。空白が埋まり、名前が与えられ、覚えていたはずのことが別の姿になる。

私にはそれが、語り手の身に起きたことと重なって見える。

どれほど語り直されても、原典の教団名は「○○○○」のままだ。その空白のまわりに、新しい名前や物語が積み重なっていく。

私はこう考える。この手記そのものが、読んだ人の記憶を書き換える、もう一つの輪なのだ。

「後日談を読んだ」という人たちは、今は見つからない文章を読んだのかもしれない。あるいは、原作の結末と、誰かの感想と、自分が想像した続きを、ひとつの記憶として持っているのかもしれない。

そして今、あなたもこの話を読んだ。

何年かたって思い出す「地下のまる穴」は、今日読んだものと同じだろうか。そのころにはもう、少し違っているのかもしれないな。

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