下北沢タイムリープの真相|本当?嘘?ちゅうえいとリリカの証言を最初の語りから検証

下北沢タイムリープをテーマに、現在と昭和の街並み、手帳、LINE、時計を重ねたイメージ画像 令和の都市伝説
スマホ 下北沢タイムリープ 商店街

昭和50年代に使われたという手帳に、LINEのIDが書いてあった。

鐘崎リリカさんのもとに、見知らぬ人からそんな連絡が届きました。送り主は、祖父の古い手帳を見つけたといいます。

リリカさんには、数年前、靄のかかった下北沢で見知らぬサラリーマンたちと焼肉を食べ、LINE IDを書き残した記憶がありました。近くでは、お笑いコンビ流れ星☆のちゅうえいさんも、客の足が透けて見えるラーメン店に入ったと語っています。

2人は、本当に過去へ迷い込んだのでしょうか。

「下北沢タイムリープ」と呼ばれる2つの話を、2021年の古い記録から2026年の続報までたどり直しました。すると、テレビで知られる話とは、少し違う姿が見えてきます――。

下北沢タイムリープ(タイムスリップ)とは?――2人が迷い込んだ「靄の夜」

靄に包まれた夜の下北沢とタイムリープを表現したイメージ

この章のポイント

✓ 下北沢タイムリープは、ちゅうえいさんと鐘崎リリカさんが、別々に語った2つの体験談

✓ 2人とも、靄(霧)を語り、下北沢で「昭和のような店」に入ったと話している

✓ リリカさんには数年後、「祖父の手帳にあなたのLINE IDが書いてあった」というメッセージが届いた

ちゅうえいの夜――200円のラーメンと「1950何年」の新聞

ある深夜0時ごろ、ちゅうえいさんは当時の彼女と下北沢を歩いていました。2人とも飲んだ帰りで、酔っていたといいます。

スーパー「オオゼキ」の近く、パチンコ店の隣の雑居ビルの2階に、赤提灯が光っています。「ラーメン」の文字が見えました。

カウンターだけの小さな店で、メニューには「ラーメン200円」。待っていると、彼女が「奥を見て」と言います。一番奥の席に、うなだれた女性がいました。「下を見て」――その足が、透けていたのです。

大将の顔は青白く、表情がありません。吊るされた新聞には「1950何年」。小さなブラウン管テレビは、ずっと砂嵐でした。ラーメンは、何の味もしませんでした。

店を出た瞬間、「バーンと戻った感じ」がして、外には靄がかかっていました。

2か月ほどたって、彼女が働いていた店に来た下北沢あたりの客が言います。「そんな店、確かにあったけど、もう3、40年前につぶれてるよ」。翌日2人で見に行くと、ビルの2階は、何十年も使われていないような空き室だったといいます。

ちゅうえいさんがこの体験をしたのは、1999年ごろに下北沢で路上コントをしてから約10年後のことだといいます。本人が語った動画は、遅くとも2021年には公開されていました。

出典:島田秀平のお怪談巡り「【ちゅうえい怪談】下北沢で見た裏世界の不思議実体験」(YouTube・2021年)

リリカの夜――焼肉店の1階と「6月25日(水)」のメモ

もう1人は、鐘崎リリカさんです。2018年5月、六本木でホステスをしていたリリカさんは、深夜に仕事から帰ると、スマホを家に置き、財布だけ持って下北沢のなじみの焼肉店へ歩いていきました。雨も降っていないのに、霧がすごい夜だったといいます。

いつもは2階に通されるのに、その夜は知らない店員に1階へ案内されました。店はやけにレトロで、なじみの店員は1人もいません。お酒が飲めないリリカさんは、いつものように緑茶を頼みました。

後ろの席では、ダボダボのスーツを着たサラリーマン5人が大騒ぎしていました。「あんたホステスさん!?」と声をかけられ、六本木で働いていると答えると、「噂のキンコンカだ!」。六本木の老舗として知られる会員制クラブを、彼らは「結構最近できた」と言うのです。

レトロな焼肉店の店内と昭和風の客を表現したイメージ

おごってもらうことになって席を移ると、一番年上らしい男性が「何歳に見える?」と聞いてきました。50歳は過ぎて見えましたが、45歳と答えます。返ってきたのは、こんな言葉でした。「惜しい、来月47歳になるんだよ! 昭和一桁生まれの私もついに47歳!」

男性は手帳に「6月25日、水曜日」と書いてちぎり、「来月この店で誕生日会をやるから来なさい」と渡してきました。

この体験は、2024年のTikTokで初めて語られたものではありません。ちゅうえいさんの動画が公開された8日後の2021年7月24日、リリカさん本人がYouTubeのコメント欄に長文の体験談を投稿していました。現在確認できる範囲では、これがリリカさんによる最も古い公開証言です。

コメントには、後に知られる細部もすでに書かれていました。キンコンカを男性たちが「結構最近できた」と話したこと、リリカさん自身が酒を飲めず緑茶を頼んでいたこと、そして「6月25日、水曜日」と書かれた手帳の切れ端です。

鐘崎リリカさんの2021年7月24日のYouTubeコメントのスクリーンショット
2021年7月24日の本人コメント。「昭和一桁生まれ」「47歳」「6月25日、水曜日」、さらに男性の手帳へLINE IDを書いたことまで確認できる。 出典:鐘崎リリカさん本人コメント(島田秀平のお怪談巡り・YouTube、2021年)

数年後に届いたLINE――「祖父の手帳にあなたのIDが」

リリカさんがLINEのIDを聞くと、男性たちは「は?」という顔をしました。そこで男性の手帳とペンを借りて、仕事用のLINE IDを書き込みます。「スマホを家に置いてきたんで、LINEしといてください!」

店を出ると、隣にあるはずのマッサージ店が、看板ごと消えていました(あとで調べると、普通に営業していました)。家に帰ってもLINEは来ていません。もらった紙も、いつのまにかなくなっていました。そして気づきます。2018年の6月25日は、水曜日ではなく月曜日でした。

昭和の手帳と現代のLINEをめぐる謎を表現したイメージ

それから数年後。本人の説明では2023年の年末、ホステス時代に使っていたスマホに、知らない相手からLINEが届きます。

「突然ごめんなさい。祖父が使用していた手帳に、こちらのLINEIDが書いてあったのでLINEしました」

送り主は亡くなった祖父の孫を名乗りました。昭和50年代に使われたという遺品の手帳に、そのIDが残っていたそうです。そして、2018年ごろの祖父は入院していて、下北沢の焼肉店に行けたはずがない、と。

LINEというサービスが始まったのは、2011年です。

昭和の手帳に、平成の終わりに書いたはずのLINE ID。

2人が入った店は、下北沢のほんの数十メートルの範囲にあったといいます。

孫を名乗る人物から届いたLINE画面のスクリーンショット
孫を名乗る人物とのLINE。祖父が昭和50年代に使っていた手帳のメモ欄に、リリカさんのLINE IDが手書きで残されていたと説明している。 出典:鐘崎リリカさんのTikTok(2024年5月)
少し詳しく:「タイムリープ」と「タイムスリップ」の違い

この2つに厳密な統一ルールがあるわけではありません。作品やサイトによって使い方は異なりますが、意識や記憶だけが別の時代へ移るものを「タイムリープ」、本人が身体ごと別の時代へ移動するものを「タイムスリップ」と呼び分けることがあります。

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場所はどこ?――オオゼキ、ラーメン店、焼肉店

下北沢のオオゼキ周辺と二つの体験地点を表現したイメージ

この章のポイント

✓ ちゅうえいさんの店は、オオゼキの近く、パチンコ店の隣のビルの2階

✓ 花遊軒は番組が挙げた候補店。昭和55年の焼肉店の場所は「菊正」だったとTBSが紹介

✓ 2人の体験地点は約30mと紹介され、リリカさんも2021年に「オオゼキの辺り」と書いていた

ちゅうえいの店――オオゼキ前のビル2階と、候補「花遊軒」

ちゅうえいさんの記憶には、店までの道が妙にはっきり残っていました。
当時まだあった下北沢駅の南口を出て、井の頭線の線路をくぐる。オオゼキの前まで来ると、右手にカレイドがあり、その隣の雑居ビルの2階に赤提灯が見えた――そこが、あの店でした。

2022年3月29日、この体験はカンテレ・フジテレビ系『不思議体験ファイル 信じてください!!』でも検証されました。

最初に候補になった近くの中華料理店は、元店主が描いた店内がテーブル席もある広い店で、ちゅうえいさんの記憶とは似ても似つかないものでした。そこへ、元店主の妻から新しい証言が出ます。その店の斜め前に、話に近いラーメン店があった、と。それが「花遊軒」でした。

番組で候補に挙がった花遊軒の特徴をもとにしたイメージ
番組で語られた特徴をもとにしたイメージ。実際の店舗写真ではありません。

番組は、1966年の古写真に「餃子の店 花遊軒」の看板が写り、昭和53年(1978年)の地図にも名前があったと紹介しました。行ったことのある人によれば、店の間取りもちゅうえいさんの絵に似ていたそうです。ただし、それは移転前の旧店舗。その場所は本人が語ったビルから約50m離れていました。写真の原本と、番組が使った地図の該当ページは、今回の調査では直接確認できていません。

放送の翌日には、デイリースポーツも、すでになくなった「花遊軒」というラーメン店が似ているとされたことを伝えています。

昭和55年の焼肉店――「菊正」の記録

2025年7月、TBS『口を揃えた怖い話』が、リリカさんの焼肉店を調べています。

番組では、建物の所有者への取材をもとに、現在の焼肉店は2012年開店で、建物は昭和50年ごろからあったと紹介されました。けれど、リリカさんがのちに「迷い込んだ」と考える昭和55年(1980年)、そこにあったのは焼肉店ではなく、大衆割烹「菊正」だったというのです。

昭和55年に同じ場所にあったとされる大衆割烹「菊正」を表現したイメージ
昭和55年に同じ場所にあったと番組で紹介された大衆割烹「菊正」をもとにしたイメージ。実際の店舗写真ではありません。

建物は昭和からそこにあった。けれど、番組が調べた限り、昭和55年の同じ場所に焼肉店はなかったのです。あの夜、リリカさんはメニューも見ずに、いつもの緑茶とタン塩、ハラミを頼み、サラリーマンたちの席でごちそうにもなっています。本当に昭和55年に迷い込んだのなら、彼女はどこで食事をしていたのでしょうか。

番組内では島田秀平さんが、「大衆割烹ではなく焼肉店が入っていた世界線だったのでは」というパラレルワールド説を挙げました。ただ、これは番組の中で出た仮説です。この記事では、「合わなかった点」としてはっきり残しておきます。

※今の焼肉店は営業中のお店なので、この記事では店名を出しません。

出典:TBS『口を揃えた怖い話 第6弾』(2025年7月28日放送)。当時の放送内容の記録。なお、1980年の住宅地図の該当ページは未照合です。

2人の場所は本当に近い?――2021年のコメントにも「オオゼキの辺り」

2025年12月、テレビ東京『やりすぎ都市伝説』は、ちゅうえいさんとリリカさんが体験した場所が「30mくらいしか離れていない」と紹介しました。番組スタッフが調べた結果だといいます。

出典:テレビ東京『やりすぎ都市伝説』2025年12月・公式記事

ただ、2人の場所が近いことをうかがわせる記述は、それ以前からありました。2021年、ちゅうえいさんの動画を見たリリカさんは、そのコメント欄に自分の体験を書き込んでいます。現在表示されている編集済みのコメントでは、焼肉店の場所を「話に出てきたオオゼキの辺りです」としています。

さらに、2022年の番組調査で浮上した旧花遊軒も含めて、位置関係を整理するとこうなります。

下北沢タイムリープにおける、ちゅうえいさん・リリカさん・旧花遊軒の位置関係を示した概略図
ちゅうえいさん・リリカさん・旧花遊軒の位置関係を整理した概略図。距離と位置は番組調査をもとにした目安。 出典:テレビ東京『やりすぎ都市伝説』2025年12月・公式記事ほか番組調査。

オオゼキを目印にした、ほんの数十メートルの範囲。そこで2人が、それぞれ「昭和」に迷い込んだと語っているのです。

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2人は本当に同じ時代へ行ったのか?――「昭和50年代」を検証

1950年代と昭和50年代の食い違いを表現したイメージ

この章のポイント

✓ ちゅうえいさん本人は、2021年の動画と2022年の報道で「1950何年」と語っている

✓ リリカさんの手がかりを全部合わせると、昭和55年(1980年)に1つに決まる

✓ 本人どうしの言葉で比べると、2人の時代は20年以上離れている

ちゅうえいさん本人は「1950何年」と言っていた

テレビ東京は2025年12月、この事件を「なぜ2人も?……夜中にモヤがかかり昭和50年代へ迷い込む」と紹介しました。ちゅうえいさんの店に吊るされていた新聞の日付も、「昭和50年代」だったと説明しています。

ところが、ちゅうえいさん本人の言葉をさかのぼると、違う数字が出てきます。2021年の島田さんの動画では、「1950何年って書いてあるんですよ」。島田さんが「新聞も1950年代のそこら辺だったんでしょ」と聞き返すと、答えは「そう」。2022年3月の番組を伝えた報道でも、本人の言葉は「1950何年って書いてあって」でした。

ちゅうえいさんが1950年代について語る参考画像
ちゅうえいさん本人の古い証言を確認する参考画像。 出典:島田秀平のお怪談巡り(YouTube・2021年)

1950年代は、昭和25〜34年です。テレビが紹介した「昭和50年代」は1975〜1984年。似た言葉でも、指している時代は違います。

ただ、1950年代の新聞と、ラーメン200円という値段は、すんなりとは並びません。当時の一般的な価格から見ると、200円は1950年代より1970年代に近い数字です。もちろん、店によって値段は違います。それでも、新聞とラーメンの値段が別の時代を思わせる。ちゅうえいさんの話には、最初からこの食い違いがありました。

リリカさんの手がかりは「昭和55年」を指す

リリカさんのほうは、手がかりがもっとはっきりしています。

最初の章で書いたとおり、2018年の6月25日は月曜日でした。では、6月25日が水曜日になるのはいつなのか。リリカさんはのちに自分で調べ、2024年のTikTokでその結果を話しています。手がかりを1つずつ重ねると、こうなります。

手がかり当てはまる年(昭和)
6月25日が水曜日5年・16年・22年・27年・33年・44年・50年・55年・61年
来月47歳で、昭和一桁生まれ48〜56年 → 重なるのは50年と55年
六本木の「噂のキンコンカ」六本木に移ったのは53年 → 残るのは55年だけ

運営元の公式沿革によると、キンコンカは1968年(昭和43年)に銀座で始まり、1978年(昭和53年)に六本木へ移っています。昭和55年なら、六本木へ移ってからまだ約2年。サラリーマンたちの「結構最近できた」という言葉とも合います。

リリカさんは以前、銀行の六本木支店で働いていて、キンコンカが昭和53年に六本木へ来た店だと知っていたそうです(2025年の島田さんの動画)。だからこそ、「最近できた」と言われて、話がかみ合わないと感じたのです。

少なくとも本人の話の中では、手がかりが昭和55年という1つの年にぴたりと集まっています。

20年以上ずれているのに、なぜ「2人とも昭和50年代」なのか

2人が実際に語った年代を並べると、ちゅうえいさんは1950年代(昭和25〜34年)、リリカさんは昭和55年(1980年)。2人が迷い込んだという時代は、20年以上離れています。

テレビでは「2人とも昭和50年代」。けれど、その年代は、本人たちの証言をそのまま並べただけでは出てきません。

もう1つ残るのが、昭和の手帳に書き残したというLINE IDです。

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LINEは本当に届いた?――手帳・孫・「2年後」と「5年後」

古い手帳とLINEの時系列の謎を表現したイメージ

この章のポイント

✓ LINEの受信時期は、本人の説明では2023年末

✓ IDを書いたのは、男性が持っていた手帳だった

✓ 2026年3月のDMで、娘と犬の話や手帳の行方が語られた

2026年3月、あのLINEの送り主を名乗る人物から、リリカさんに再び連絡が届きました。

そこに書かれていたのは、LINEを送った日、娘と犬が突然いなくなったという話でした。

本人は「2023年の年末」――テレ東の「2年後」だけが合わない

最初のLINEは、いつ届いたのでしょうか。日付をたどると、さっそく食い違いがありました。

リリカさんは2024年のTikTokで「2023年の年末」と話し、2025年5月の島田秀平さんの動画でも「2023年12月」と説明しています。TBSの2025年7月の放送も、体験から5年後の2023年と紹介しました。

ところが、2025年12月のテレビ東京の記事は「2年後」としています。体験が2018年5月なら、それは2020年ごろ。ほかの資料とは3年ほどずれます。

2024年のTikTokに映ったLINE画面には、時刻はあっても日付がありません。ただ、リリカさんの返信には「ホステスは2020年までやってました」「コロナ前の下北沢の焼き肉さんしか心当たりがありません」とあります。本人のいう2023年末と矛盾はしませんが、この画面だけでは受信日を特定できません。

2024年のTikTokで公開されたLINE画面のスクリーンショット
2024年のTikTokで公開されたLINE画面。祖父の手帳にLINE IDがあったとするメッセージは確認できるが、この画面には受信日が表示されていない。 出典:鐘崎リリカさんのTikTok(2024年5月)

ただし、2026年3月には、送り主側から見た別の画面が紹介されました。そこにはLINEの「退出」の日時が残っていたというのです。

リリカさんは、LINEを受け取った日に画面を撮影して家族に送ったと話しています。ところが、2025年の島田さんのYouTubeで本人が語ったところによると、ライブ配信でこのLINEを見せていた日に、カップ麺の汁がスマホにこぼれ、画面が消えてしまったそうです。送り主とのやりとりも途絶えました。

IDを書いたのは紙か、手帳か

最初の章で、リリカさんが男性の手帳に仕事用のLINE IDを書いたことに触れました。ここで確かめたいのは、渡された「日付の紙」と、IDを書き残した「手帳」が、同じものなのかという点です。

2021年までに投稿された、現在は「編集済み」と表示されるYouTubeコメントには「おじさんの手帳とペン借りてLINEID書きました」とあります。2024年のTikTokでも、相手が持っていた手帳のようなものにIDを書いたと説明。2025年の島田さんの動画や、送り主への返信でも、手帳に書いたという筋は共通しています。

男性が「6月25日(水)」と記してちぎり、リリカさんに渡したのが日付のメモ。男性の手元に残った手帳に、リリカさんがIDを書いた。そう読めば、後年の「祖父の手帳にIDがあった」というLINEにつながります。

一方、2021年のBTTPの考察動画では「LINEのIDを紙に書いて渡し」と紹介されました。BTTPの動画には元コメントを言い換えている箇所もあり、ここも再話の可能性があります。ただしコメントには現在「編集済み」と表示されるため、2021年時点の全文をそのまま照合することはできません。

番組の追跡――見つかった候補は別人だった

2025年12月の『やりすぎ都市伝説』で、番組はLINEの送り主を探しました。手がかりは、送り主の名前(番組でいう「Rさん」)と祖父の名前です。

祖父と同姓同名の人物がいた家には、Rさんと同じ名前の人もいました。ところが、その人は「孫」ではなく「息子」。リリカさんも、LINEを送ってきた相手とは別人だと答えています。番組はさらに捜索を続けました。

2025年12月の時点で、送り主が見つかったわけではありません。 そして、手帳もまだ確認できていませんでした。

出典:テレビ東京『ウソかホントかわからない やりすぎ都市伝説2025冬』(2025年12月放送)

2026年3月、送り主のDMと「娘と犬」

2025年5月、リリカさんは島田さんの動画で、LINEの送り主に「見ていたら連絡してほしい」と呼びかけていました。

3月の動画で、リリカさんは再連絡の経緯を明かしました。Rさんを名乗る人物からTikTokのDMが届いたというのです。相手は島田さんのYouTubeで話を知り、リリカさんのTikTokを探して連絡したそうです。

DMには、以前のLINEのやり取りをRさん側から表示したスクリーンショットが添えられていたといいます。

2026年3月の動画で紹介されたRさん側とリリカさん側のLINE比較画面
2026年3月の動画で紹介された比較画面。左がRさん側、右がリリカさん側とされ、同じ18時53分のやり取りが送受信を逆にした形で表示されている。 出典:島田秀平のお怪談巡り(YouTube・2026年3月)

さらに番組でその画面を示しながら、2023年12月22日(金)午前0時20分に「退出しました」と表示されていたと説明しました。これはアカウント退出の日時で、最初のLINEを受信した日付とは別です。これはアカウント退出の日時で、最初のLINEを受信した日付とは別です。

2023年12月22日0時20分のLINE退出表示のスクリーンショット
2026年3月の動画で紹介されたLINE画面。2023年12月22日(金)0時20分に「RIRIKAが退出しました」と表示されている。これは最初のLINE受信日時ではなく、アカウント退出の日時。 出典:島田秀平のお怪談巡り(YouTube・2026年3月)

リリカさんが読み上げたDMには、手帳が見つかったあとの出来事も書かれていました。

Rさんの説明によると、祖父の法事と仕事で日本に帰った際、母親が見つけていた古い手帳を見たそうです。母親は、その手帳が出てきてから家で黒電話や古いテレビの音がしたり、黒い人影を見たりしたとも話していました。Rさんは手帳にあったLINE IDだけをメモし、手帳は持ち帰らず、海外の自宅へ戻ってから連絡したといいます。

DMには、2023年12月に起きたという出来事も書かれていました。興味本位でそのIDにLINEを送った日、家にいたRさんの娘と犬が突然見当たらなくなったというのです。RさんのDMでは、家中を数時間探し、警察にも捜索を依頼したと語られています。

Rさんを名乗る人物が娘と犬の行方不明について説明したDMのスクリーンショット
2026年3月の動画で紹介されたDMの一部。Rさんを名乗る人物は、LINEを送った日に娘と犬が家の中で見当たらなくなり、警察へ捜索願いを出したと説明している。 出典:島田秀平のお怪談巡り(YouTube・2026年3月)

LINEとの関係を疑い、リリカさんに削除を頼もうと文章を考えていたところ、画面に「退出しました」と出ました。その数分後、寝室から犬の鳴き声が聞こえ、娘と犬が見つかったそうです。

娘と犬が寝室で見つかったと説明するDMのスクリーンショット
2026年3月の動画で紹介されたDMの続き。「退出しました」と表示された数分後、寝室で娘と犬が見つかったと説明されている。 出典:島田秀平のお怪談巡り(YouTube・2026年3月)

娘は、気づくと霧に包まれた場所にいて、日本語で声をかけられたと話したといいます。漢字やひらがなの看板があり、犬を抱いて歩いていた。抱いていた犬を見て、ウサギなのかと尋ねてきた人もいたそうです。娘はその景色を、霧の中をさまようハリネズミのアニメのようだったと表現したといいます。

この話は、2026年9月のテレビで初めて登場したのではありません。3月の時点でリリカさん本人が紹介していたのです。その後、9月のテレビ東京公式記事でも、Rさんから番組スタッフとリリカさんに連絡があったことや、娘と犬の話が取り上げられました。

ただし、DMに「警察へ捜索願いを出した」「警察のヒアリングでも話した」と書かれていたことと、実際の警察記録が確認されたことは別です。娘と犬に何が起きたのか、送り主が本当に誰なのか、紹介されたスクリーンショットがどの端末から作られたものなのかも、この記事では独立に確認できていません。

手帳はどこへ消えた?――供養と調査の行方

手帳の行方も、2026年3月のDMですでに語られていました。Rさんによれば、母親は手帳を寺へ持っていくと言っていたものの、本当に持っていったのか、今どこにあるのかは分からないとのことでした。

その後、2026年9月のテレビ東京の記事では、母親が鎌倉の寺へ供養に出した可能性が伝えられました。「鎌倉」という場所まで紹介されたのは、今回照合した3月のDMではなく、9月の番組側の説明です。

Rさんは家族に再び何か起きることを心配し、リリカさんにこれ以上の追跡をしないでほしいと伝えたそうです。手帳の現物は今も確認できず、実際に寺に納められたかどうかも分かっていません。

手帳の行方と寺への供養について説明するDMのスクリーンショット
2026年3月の動画で紹介されたDMの一部。Rさんを名乗る人物は、娘に再び何か起きることを心配し、手帳は母親が寺へ持っていくと言っていたものの、実際に持っていったか、現在どこにあるかは分からないと説明している。 出典:島田秀平のお怪談巡り(YouTube・2026年3月)

手帳の中身を確かめたいと思うほど、その現物の行方は分からなくなっていきます。

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話はどう変わった?――2021年のコメントから2026年の本まで

2021年から2026年までの下北沢タイムリープの変化を表現したイメージ

この章のポイント

✓ 「2人とも昭和50年」は、2021年のBTTPによる推理

✓ リリカさんの主要な手がかりは2021年から語られていた

✓ 2022年の描写や体験年にも差があり、2026年には新しい後日談が増えた

「2人とも昭和50年」と言い出したのは、2021年の考察動画だった

第3章で見た「1950年代」と「昭和50年代」のずれは、いつ生まれたのでしょうか。

確認できる早い例が、2021年9月12日のBTTPの動画です。ちゅうえいさんの「ラーメン200円」に注目し、価格の推移や硬貨の話から、新聞の「1950何年」は「昭和50年」の見間違いではないかと推理しました。

総務省統計局の長期統計に基づく公開集計では、東京都区部の中華そばの年平均価格は1962年が48.5円、1975年が211円。店で見たという200円は、1950年代より1970年代に近い値段です。ただし、統計上の平均から、あの店が実在した時代まで決められるわけではありません。

2021年9月のBTTP動画で昭和50年説を示す場面のスクリーンショット
2021年9月のBTTP動画。ちゅうえいさんの「1950何年」と、ラーメン200円などの手がかりから、「1950年ではなく昭和50年ではないか」と推理している。 出典:BTTP「時空の歪み?異世界?下北沢タイムスリップ【靄(モヤ)の日】」(YouTube・2021年9月12日)

さらにBTTPは、リリカさんのコメントにある「6月25日(水)」やキンコンカの創業年などから、1969年と1975年を候補に挙げ、2人とも昭和50年へ行ったのではないかと推理しました。

ただし、この絞り込みはキンコンカの「創業1968年」を基準にしたものです。運営元の公式沿革では、六本木へ移ったのは1978年(昭和53年)。その条件まで入れると、1969年と1975年は「六本木のキンコンカ」とは一致しません。

翌2022年のテレビ番組でも、放送内容の記録によれば、「1950年」と「昭和50年」を取り違えた可能性が検討されています。

ちゅうえいさんが語ったのは「1950何年」。そこから「昭和50年」と推理したのは、話を紹介した側でした。

2021年からあった3つの手がかり

リリカさんの最も古い確認可能なコメントは2021年。現在は「編集済み」ですが、同年のBTTP動画ですでにキンコンカ、来月47歳、6月25日(水)という手がかりが紹介されています。2024年のTikTokで突然生まれた設定ではありません。

一方、表現には違いがあります。現在確認できる編集済みコメントでは「雨も降ってないのに霧が凄い」、2024年のTikTokでは「雲が覆って雨が降りそう」。

ただし、2021年当時のコメント全文が保存されているわけではないため、この違いがいつ生まれたかは分かりません。また、勤め先を「浅草だろ?」と聞き返された場面は、確認できた資料では2024年のTikTokから登場します。「昭和55年」と本人が計算して示したのも、この2024年の動画です。

語られるたびに足されたもの、消えたもの

2022年3月の番組を伝えたデイリースポーツの記事には、ラーメンに蛍光ピンクの煮卵が入っていたという描写も登場します。ただし、2021年の語りにはなかったとまでは断定できません。

体験した年も資料によって揺れています。2022年の報道では2007年、2025年12月のテレビ東京の紹介では2008年。第1章では、一つの年に決めず、本人の「路上コントから約10年後」という説明に沿って紹介しました。

後年の証言で具体化したレトロな焼肉店の雰囲気を表現したイメージ
後年の証言で語られた焼肉店の雰囲気をもとにしたイメージ。実際の店内写真ではありません。

2025年5月、島田秀平さんのYouTube にリリカさんが出演すると、店の様子がいっそう具体的になりました。

  • 人のいない深夜の街、古いビールのポスター、タバコの煙、感じの悪い店員
  • 6月25日を覚えていた理由は、大親友の誕生日だったから
  • 焼肉は「めっちゃ美味しかった」

数字にも変化があります。サラリーマンは5人から6人に、男性に答えた年齢は45歳から47歳に、焼肉店の閉店時刻は深夜3時から4〜5時に。番組で「元銀行員ライバー」と紹介された一方、初期のコメントで明示していたホステスの仕事は前面に出なくなりました。

2025年7月のTBS では、大谷翔平の名を出すと店の空気が変わり、店員に止められる場面が語られます。2021年のBTTPによる紹介や2024年のTikTokには登場しません。2025年5月の島田さんの動画についても、今回の視聴確認ではこの場面は見当たりませんでした。

2025年12月のテレビ東京 は、2人の時代を「昭和50年代」とまとめました。LINEを受け取った時期の「2年後」という説明も、第4章で見た食い違いの1つです。

ただし、番組の要約や編集で変わった部分もあるはずです。違いのすべてを、本人の証言が変わった結果とは断定できません。

2026年、続報と本

2026年3月の島田さんの動画で、送り主を名乗るRさんのDMが紹介されました。それまでリリカさんの側から語られていたLINEに、送り主の側の説明が加わったのです。9月にはテレビ東京も取材して取り上げました。

同じ9月の放送には、新しい体験者の近藤さん(仮名)が登場し、ちゅうえいさんが久しぶりに問題のビルを訪れる場面もありました。番組はすでに3月からパラレルワールド仮説を扱っており、9月の放送ではその解釈をさらに押し広げていきました。

そして2026年9月17日、鐘崎リリカさんの『靄のかかる下北沢にご用心。』(サンマーク出版)が刊行されました。

鐘崎リリカ著「靄のかかる下北沢にご用心。」の書影
鐘崎リリカ『靄のかかる下北沢にご用心。』(サンマーク出版、2026年)の書影。 出典:鐘崎リリカ『靄のかかる下北沢にご用心。』(サンマーク出版・2026年)

書籍の紹介文では、焼肉店での体験と数年後のLINEが表題作に収められていることが分かります。ただし本文全体は未照合のため、書籍だけの新情報はここでは加えません。

「月に一度ほど、下北沢には靄のかかる晩があるという」

ちゅうえいさんが路上コントのころから語った「靄の日」。四半世紀あまりたって、その靄は別の体験者の本のタイトルにもなりました。

少し詳しく:証言の初出一覧(6項目)

本文では追いにくい初出と後年の変化を、6項目にまとめました。

  • 年代解釈の変化本人の古い語り:2021年 ちゅうえい「1950何年」後年の解釈:2021年 BTTPが「昭和50年」と推理 → 2025年 テレ東が「2人とも昭和50年代」と紹介
  • キンコンカ・47歳・6月25日初めに確認できる記録:2021年 BTTPがコメントから紹介その後の変化:主要な手がかりは維持。2024年に本人が昭和55年と計算
  • 浅草初めに確認できる記録:2024年 TikTokで確認その後の変化:2025年以降の番組にも登場
  • 大谷翔平初めに確認できる記録:2025年7月 TBSで確認その後の変化:それ以前の確認済みの語りには登場しない
  • LINEを受け取った時期初めに確認できる記録:2024年 TikTokでは「2023年末」その後の変化:2025年 テレ東では「2年後」
  • 娘と犬/手帳の供養初めに確認できる記録:2026年3月 島田さんの動画でリリカさんがRさんのDMを紹介その後の変化:9月 テレ東が再び紹介し、寺の場所を鎌倉と説明。2023年の出来事とされるが、独立の裏付けは未確認

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本当?嘘?作り話?――「胡散臭い」と言われる理由を検証

下北沢タイムリープが本当か作り話かを検証するイメージ

この章のポイント

✓ 当夜の写真や手帳の現物は確認できていない

✓ 主要な体験談は、テレビ出演や書籍化より前からある

✓ 「語られた証拠」と「出来事が本当だった証拠」は違う

当夜の写真と、手帳の現物がない

「下北沢タイムリープは本当なのか」。その答えを難しくしているのは、体験を外から確かめる物証がないことです。

今回確認した公開資料では、2人が店に入った当夜の写真は確認できませんでした。2024年に公開されたリリカさん側のLINE画面には受信日が写っておらず、2026年3月に紹介されたRさん側の画面で分かるのも、説明上は「退出」の日時です。手帳そのものも、第三者が調べられる形では示されていません。

少し詳しく:確認できる資料と、残っていない証拠

リリカさんはスマホを家に置いて出かけたと説明しています。その後、スマホの故障やLINEアカウントの消失について語られました。また、手帳を寺へ持っていくという話はありますが、現物は確認できていません(第4章)。

花遊軒については、番組が1966年の看板写真や1978年の地図を紹介しています。ただし、その原本までは未確認で、ちゅうえいさんが入った店とも断定できません。菊正についても、昭和55年の店名を紹介したTBSの調査結果が根拠で、当時の住宅地図は今後の確認事項です(第2章)。

「証明できない」と「作り話だ」は、同じ意味ではありません。けれど、本人がそう語っていることと、実際に時間移動が起きたことも、同じではないのです。

古い記録は、何を証明する?

キンコンカ、47歳、6月25日(水)。これらは、2021年9月のBTTP動画ですでに紹介されています。テレビで大きく取り上げられる前で、本人の説明ではLINEが届く前のことです。

少なくとも、主要な手がかりが2024年になって突然生まれたわけではありません。ただ、古い記録から分かるのはその話がいつから語られていたか。2018年の夜に何が起きたのかまでは、そこから確かめられません。

今回確認した範囲では、創作だと立証する資料も、時間移動を立証する資料も見つかっていません。

確認できたこと・できないこと(2026年10月時点)

長く残った話でも、すべてが同じ確かさではありません。資料で確かめられたこと、説明が食い違うこと、まだ分からないことを分けました。

確認できたこと

  • ちゅうえいさんの古い証言と、2021年の時点で存在したリリカさんのコメント
  • 「花遊軒」の古い資料をテレビが紹介したこと、リリカさん側・Rさん側とされるLINE画面が動画で紹介されたこと、番組による追跡の記録があること

証言・資料の間で食い違うこと

  • 新聞の「1950何年」と、後年の「2人とも昭和50年代」という紹介
  • TBSによる昭和55年の「菊正」という店舗の説明と焼肉店の体験談、そしてLINEを受け取った時期の説明のずれ

まだ確認できないこと

  • 2人が本当に過去や別世界へ行ったか、LINEの送り主を名乗る人物が実際に誰なのか
  • 手帳の現物と書き込みの年代、Rさんの娘と犬に何が起きたか

LINEの画面は複数紹介されましたが、手帳の現物と送り主の身元は今も確認できていません。では、なぜ下北沢には、ほかにも奇妙な話が集まるのでしょうか。

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それでも、なぜ下北沢なのか?――靄の日・似た体験・暗渠・磁場

下北沢で奇妙な体験が集まる理由を表現したイメージ

この章のポイント

✓ 「靄の日」は路上コント時代から語られ、地元にも霧の記憶が残る

✓ 下北沢には、道や時間がずれる別の体験談もある

✓ 暗渠や鉄道の磁界は実在するが、時間移動との関係は未証明

あわせて読みたい:時間や空間の境界を越えてしまう怪談は、ほかにもあります。誰もいない街に迷い込み、謎の男と出会う「時空のおっさん」。2005年の投稿記録から、その正体と奇妙な共通点を検証しました。時空のおっさんの正体と原典を読む →

「月に一度の靄の日」――路上コントの時代から

ちゅうえいさんが「靄の日」に気づいたのは、あのラーメン店に入るずっと前のことでした。

1999〜2000年ごろ、ちゅうえいさんは相方と1年間、毎晩のように下北沢で路上コントをしていました。シャッターの閉まった店の前で、夜8時ごろから終電まで。毎日同じ場所に立っていると、街の人の流れが見えてくるそうです。週末は多い。平日でも、火曜は少なくて木曜は多い。

そして、月に1日だけ、街全体に靄がかかる日がある。その日に限って、いつも人の多い下北沢から、人通りが妙に少なくなるのです。「今日は靄の日だ。お客さん来ないわ」。2人はそう言い合っていたといいます。

路上コント時代の靄の日の下北沢を表現したイメージ

相方も、この日のことを覚えていました。のちにラジオでこの話をすると、大竹まことさんも「あるよな。人が少なくてね」とうなずいたそうです。

ちゅうえいさん自身は、「湿気が多い日って、街灯がぼんってして、靄がかかってる感じがする」とも言っています。

地元の人も、この靄を覚えていました。2026年3月の『やりすぎ都市伝説』では、本多劇場グループ代表の本多一夫さんと、元商店街会長の金子健太郎さんが、タイムスリップの話は聞いたことがないとしながら、駅が地下になる前は霧のようなモヤが出ることがあった、と話しています。小田急線が地下に潜ったのは2013年。それからあとは、同じような天気はないそうです。

出典:テレビ東京『やりすぎ都市伝説』2026年3月・公式記事

その5年後、2018年にも、リリカさんは霧の中を歩いたと語っています。本人は「下北沢にモヤがかかってる日がキーポイント」と話しました。

路上コントのころから語られてきた「靄の日」。ただの天気だったのか、それとも何か違っていたのかは、まだ分かりません。

下北沢に集まる、ほかの奇妙な話

下北沢で起きたと語られる不思議な話は、2人の体験だけではありません。

  • 近藤さん(仮名):2000年から10年間、下北沢に住んでいた人です。2001年ごろ、焼肉店でサラリーマンに声をかけられ、店を出て振り返ると店が消えていた。2003年ごろには、ちゅうえいさんと同じラーメン店でも、似た体験をしたと語っています(2026年9月『やりすぎ都市伝説』)。
  • リリカさんのリスナー:下北沢で飲んで酔って歩いていると、あたりが大草原になっていた。その真ん中に古いラーメン店があり、入るとすごくおいしかった。次の日に行くと、大草原もラーメン店もなかった、という話です(2026年3月の島田さんの動画でリリカさんが紹介。2025年5月の動画にも出ていたかは未照合)。
下北沢で道や景色がずれる奇妙な体験を表現したイメージ

もう1人、シークエンスはやともさんも、下北沢で奇妙な体験をしたと語っています。

2023年11月に公開された本人の動画によると、芸人仲間との夜7時半の待ち合わせに向かう途中、駅の出口を間違え、慣れない住宅街に入りました。歩いているうちに人通りがなくなり、Googleマップの現在地を示す青い丸も、ゆっくり回り続けるようになります。店に近づくつもりで歩いても、地図上では逆に遠ざかっていました。

10分近く誰ともすれ違わず、やがてT字路の突き当たりへ。地図を開くと、現在地の異常は収まり、繁華街を指しています。

顔を上げると、そこにはラーメン店や古着店の並ぶ通りがあったといいます。

はやともさんは、霧も過去への移動も語っていません。道を間違え、地図の現在地もおかしくなった。そのうえで、目の前の景色が変わったように感じたという話です。

リリカさんも、2026年3月の島田さんの動画で、前年2月に起きたという別の不思議な体験を語っています。下北沢から徒歩20分ほどのヘッドスパへ向かったところ、エレベーターで上がっても店のあるはずの階に着かない。17時の予約に向かったのに、ようやく店に戻ると「もう19時半なので営業は終わった」と言われたそうです。本人には、15分ほどしか経っていない感覚だったといいます。

少し詳しく:リリカさんが2026年2月に体験した「消えた2時間半」

リリカさんによると、建物へ向かう途中でスマホの電波が途切れ、7階のはずのヘッドスパの看板が見つからなくなりました。エレベーターで7階を押し直しても、吹き抜けから見える景色はもっと低い階のように感じられたそうです。

いったん家に帰ろうと外へ出ると、17時のはずなのに暗く、人もほとんどいません。自宅まで戻っても、今度は鍵が開かなかったといいます。

そこで、出かけたときと同じ道をもう一度たどり、ヘッドスパに向かいました。すると今度は看板があり、店の人には19時半だと告げられます。本人の感覚では15分ほどの出来事だったそうです。

リリカさんはさらに、2023年2月に自宅のドアを何者かにガチャガチャと動かされた経験を思い出し、今回の出来事とつながるのではないかと考えました。ただし、これらは本人の記憶と解釈であり、時間が移動した証拠ではありません。

並べると、過去の店に入る話もあれば、道に迷って場所が変わったように感じる話もあります。ただし、近藤さんの話が番組で紹介されたのは2026年。すでに2人の話が広まったあとの証言だという点も、忘れずにいたいところです。

暗渠と磁場――事実と番組の仮説を分ける

「なぜ下北沢なのか」について、番組や出演者からはいくつかの説が出ています。分かっている事実と、まだ確かめられていない説を分けて並べます。

分かっている事実番組や出演者が出した説(確かめられていない)
北沢川などの川が、今は暗渠(地下に埋められた水路)になっている水が、土地の記憶を運んだのでは(2026年3月『やりすぎ都市伝説』)
下北沢駅では小田急線と京王井の頭線が交わり、電車のまわりには磁界が生まれる「ここの界隈の磁場がどこかと繋がりやすい」(2026年9月、サイコメトラーのリーディング)
地元の人は、駅の地下化(2013年)の前まではモヤが出たと話す靄の日に、時空がずれるのでは
下北沢には、夢を追う芸人やバンドマン、劇団の人が集まってきた強い思いが集まって、磁場がゆがむのでは(大竹まことさん、島田秀平さん)

北沢川の暗渠も、鉄道のまわりに磁界が生まれることも事実です。ただ、それが時間移動を起こすという証拠はありません。

少し詳しく:天狗まつりと神隠し

2026年9月の番組は、下北沢の「天狗まつり」にも触れています。昭和4年ごろから続く節分の行事で、天狗や山伏が街を回って豆をまくもの。昭和51年に今の名前になりました。番組は、そこに天狗と神隠しの言い伝えを重ねています。

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考察おおかみ――下北沢タイムリープの真相は?

下北沢タイムリープの資料を考察する考察おおかみのイメージ

この章のポイント

✓ 体験の謎と、LINEの謎は、分けて考える

✓ 2人が語った体験と、後年の「昭和50年代」という解釈は分けて考える

✓ LINEと手帳には、現物が確認できないまま残った謎がある

体験の謎――説を比べる

ここからは、私、考察おおかみが話そう。

本当に過去へ行ったのか。別の世界に迷い込んだのか。それとも記憶の中で変わったのか。どの説にも説明しきれない点がある。

少し詳しく:体験の真相を4説で比較
  • 本当に過去へ行ったうまく説明できること:もうない店、昭和の客、六本木に来て間もないキンコンカ説明しにくいこと:2人の時代のずれ、昭和55年のその場所に焼肉店がなかったこと
  • パラレルワールドに迷い込んだうまく説明できること:焼肉店が「菊正」だった食い違い説明しにくいこと:どんな食い違いも説明できてしまい、確かめようがない
  • 実在した古い店と勘違いしたうまく説明できること:番組が古写真と地図を紹介した花遊軒、1970年代に近い200円という値段説明しにくいこと:翌日、ビルの2階が何十年も使われていない空き室だったこと
  • 記憶が書き換わった・語るうちに怪談になったうまく説明できること:細かいところが増えたこと、2人の時代がそろったこと説明しにくいこと:2021年の時点で、すでに手がかりがそろっていたこと

私が気になったのは、ちゅうえいさんの手がかりだ。並べ直してみよう。

新聞は「1950何年」。それなのに、ラーメン200円は1970年代の価格に近い。店が「3、40年前につぶれた」という話も、花遊軒が実在した時期も、1970年代を考える材料にはなる。

1950年代の新聞とラーメン200円などの手がかりを整理したイメージ
ちゅうえいさんの証言に出てくる手がかりを整理したイメージ。画像内の店舗・資料は再現です。

それでも新聞だけは、1950年代を指している。あの店には、違う時代のものが混ざっていたのだろうか。

一方、リリカさんの「昭和一桁生まれ」「来月47歳」「6月25日、水曜日」「六本木のキンコンカ」は、昭和55年(1980年)にそろう。確かに見事だ。ただ、年を割り出せたことと、実際にそこへ行ったことは別だ。

では、あの男性はなぜ、わざわざ「6月25日、水曜日」と書き残したのだろう。

だからといって、2人が何も体験しなかったとも思わない。ちゅうえいさんは酔っていたが、隣にいた彼女も同じものを見たという。リリカさんは、お酒を1滴も飲んでいない。2人とも、靄の夜に時代のずれた店に入ったという記憶を、細かいところまで持っている。それだけで、その記憶を嘘だと決めつけることもできない。

気になるのは、その記憶に「何年」というラベルを貼った手つきのほうだ。ちゅうえいさんの「1950年代」が、考察を経て、テレビでは「2人とも昭和50年代」にまとめられた。皮肉なことに、手がかりを並べ直せば、ちゅうえいさんには1970年代という推理も成り立ち、リリカさんは1980年。最初は20年以上離れていた2人の時代が、推理の中では近づいていく。

LINEの謎――説を比べる

次は、孫を名乗る人物からのLINEだ。ここには、本人以外の人間が関わっている。

少し詳しく:LINEの真相を3説で比較
  • 本物(あの夜の男性の手帳だった)うまく説明できること:昭和50年代の手帳だったという説明、2018年に入院していた祖父、6月下旬の誕生日説明しにくいこと:本当に時間を越えたか不明。手帳の現物は確認できない
  • 誰かが仕組んだうまく説明できること:ホステスだったこと、6月25日、下北沢の焼肉店の話は、2021年からネットで誰でも読めた。手帳が出てこないこと説明しにくいこと:仕事用のIDを、どこで知ったのか。2年以上たってから連絡してきた理由
  • 祖父が、別の機会にIDを書き留めていたうまく説明できること:手帳にIDがあったという説明説明しにくいこと:2014年から入院していた祖父が、いつ、どこで書いたのか

やりとりの順番も見ておこう。送り主が最初に伝えてきたのは、祖父の名前と、その手帳にIDが書いてあったということだ。画面を見るかぎり、その次に「昭和50年代にホステスさんの仕事をされていましたか?」と聞いている。下北沢の焼肉店と6月25日の話を持ち出したのは、リリカさんのほうだ。送り主が「祖父の誕生日は6月28日」「下北沢の近くに長く住んでいた」と答えたのは、そのあとだった。

誰かが仕組んだ。そう考えれば、時間を越える必要はない。リリカさんの話は2021年からネットにあった。ホステスだったことも、焼肉店のことも、6月25日のことも、読めば分かる。送り主が言ったことの多くは、リリカさんが話したあとで出てきている。

もう1つ、気になることがある。リリカさんが焼肉店の話を切り出す前に、送り主はなぜ「ホステスさんでしたか」と尋ねたのだろう。古いコメントを読んだからか。LINEのアイコンを見てそう思ったのか。それとも、手帳にそう書いてあったのか。

そして、手帳は鎌倉の寺へ供養に出された可能性があるという。仕組んだ話なら、現物を見られず「これ以上は探らないでほしい」と幕が引かれるのは都合がいい。本物なら、母親の周囲で奇妙なことが起き、娘と犬にまで異変が及んだというのだから、もう関わりたくない気持ちも分かる。どちらでも筋は通る。どちらを選んでも、手帳を見ないかぎり残る謎がある。

手帳をこれ以上探さないでほしいと伝えるDMのスクリーンショット
2026年3月の動画で紹介されたDMの一部。Rさんを名乗る人物は、今回の連絡は興味本位ではなく、手帳を探している人たちに「もう探さないでほしい」と伝えるためだったと説明している。 出典:島田秀平のお怪談巡り(YouTube・2026年3月)
考察おおかみ

「気になる手帳ではあるけど、向こうは『もう探さないでほしい』と言っている。
なら、ここから先まで追うのは違う気がする。
手帳の行方は、ここで止めておこう。

おおかみの結論

私の結論を言おう。私は、下北沢タイムリープを作り話だとは思わない。だが、「2人が昭和50年代にタイムスリップした事件」とも言い切れない。2人が語ったのは、それぞれ別の靄の夜、時代のずれた店に入ったという体験だ。その話が紹介されるたびに形を整えられ、「昭和50年代の事件」という1つの箱に収められた。少なくとも、今の私たちが知っている怪談は、こうしてできたのだ。

ただ、私が引っかかっているのは、2つの店の「温度」の違いだ。

ちゅうえいさんの店は、冷たかった。うなだれた女の足は透け、大将の顔は青白く、ラーメンには味がなかった。あれは昭和の店というより、もう終わってしまった店だろう。

リリカさんの店は、温かかった。サラリーマンたちは騒ぎ、笑い、誕生日会に誘い、焼肉は「めっちゃ美味しかった」。あれは、まだ生きている時代だ。

2人が迷い込んだのは、同じ「昭和」ではなかった。私はそう思う。

そして、箱に収まりきらないものが1つだけ残る。40年ほど前の手帳に、今の時代のLINE IDが書かれていたという話だ。

けれど、その手帳は今も確認されていない。持ち主を名乗る人も、これ以上は探さないでほしいと伝えている。なら、この謎について私たちが追えるのは、ここまでだ。

手帳は、寺へ供養に出された可能性があるという。もしそうなら、もう煙になって、空へ上ったのかもしれないな。真相につながるはずだった手がかりは、最後までその姿を見せなかった。

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参考資料

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